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ついにこの日が来た、議事録が出た=お楽しみの本番はこれからだ
 実はこの日を待っていた。この間、長かったような、あっという間であったような10年である。最初の決定会合の日、一体どんな話し合いがあったのか、知りたかった、滅茶苦茶詳細に知りたかった。議事要旨で「大方の議論がカバーされている」とは耳にタコが出来るほど聞かれたことだが、でもリアルなやり取りを知りたかった。そして今日である。夢がかなった。感想は…、スゲェーおもしれぇじゃないか。以下、雑感。
・既にいろいろ報道されているが、尾身経企庁長官(当時)の勇み足発言。気持ちは分かりますがね。「政府の機関である日銀が…」とか、「景気対策の足を引っ張るレポートは避けてもらいたい」とか、「月報は…というトーンで書いてもらいたい」とか。経済対策打ち出したばかりのあせりがあったのか知らないが、KY突撃でありました。
・経企庁局長の長官フォローが見物であった。ヒートアップぶりにやや吹いてしまったな。「透明性の精神を踏みにじったかのような対比の書かれ方をして…」のところは声がひっくり返ったかのような感じであったのでしょうか。議事録の動画バージョンがあったらよいのに、と思った。
・かなりフリーに近いディスカッションであった。これは意外であった。法改正直後だったのでみなさん気合いが入っていたのでしょう。
・後藤委員はやっぱりイイ。ご健康であられたら、総裁の可能性は非常に高かったのではないかと改めて思った。非常に人望が高かったですから…。旧法時代の任命であったのが悔やまれる。
・中原委員の各方面への突っ込みは鋭い。その一コマの要旨を紹介(98年6月12日分)。
まず武富委員が苦しい政策論を披露(イベントに備えて緩和を温存)。
中原委員 「イベントとは何を考えているのか」
武富委員 「色々ある」
中原委員 「説明してください」
武富委員 「マーケットの大混乱、その背景には…」
中原委員 「マーケットの大混乱とは何ですか。株価の暴落ですか」
武富委員 「最も端的には株価の大暴落、そこから来る金融システムの大不安、そして…(略)」
中原委員 「そのとき利下げするのか」
武富委員 「それもまだ決めていないが…」
中原委員 「カタストロフィー待ちか」
武富委員 「カタストロフィーが起きたら喜んでやるという話ではない」
中原委員 「(でもそれはつまり)後追いではないのか」
いやはや。トドメを刺しますね。刺された気持ちはたまらないだろうなあ。
・月報表現部分の議論もまた興味深い。これだけの要望に応える事務方は大変でしょう。早川調査統計局課長(当時・現名古屋支店長)の以下の答弁は面白かった。
「私共は皆さんのお決め頂くものについて、あくまでも『案を出させて頂いた』ということですから」 この場面、目に浮かぶようである。
・公表された半年分についてざっと目を通すつもりであったが、ダメですね。ざっと読めないです。必ず読みふけってしまいます。まだ二、三回分しか目が通せていない。
・議事録はこれからがどんどん面白くなっていく。とりあえず2000年利上げから翌年の量的緩和への転換あたりが盛り上がりのピークでありましょう。金融政策一大叙事詩のプレイバックである。
・でも、10年前の議論。全然古さがない。今の状況と違和感がないんですよね。景気悪化が内生的か外生的かの違いだけで。今の日銀と10年前の日銀のシンクロナイズが起きたかのようである。
 ということで継続的なテーマになりそうなのでカテゴリーに「議事録」を追加しました。
by bank.of.japan | 2008-07-31 19:35 | 議事録 | Comments(16)
マスコミには耳の痛い指摘だが、これは正論である=BIS報告
 下のエントリーの続き。日銀調査論文の発表に合わせて、「中央銀行の市場調節手段等に関するCGFSスタディグループ報告書について」という短い説明書も出された。これはBISのグローバル金融システム委員会(CGFS)が4日発表した「Central bank operations in response to the market turmoil」を要約したもの。場所はこちら
 この中では、特にわれわれマスコミにとって「(中央銀行の対応評価において)流動性供給措置に関する報道には誤解があった」という指摘は耳が痛い正論であります。昨年12月18日のエントリーでも指摘したことだが、中央銀行の危機時におけるオペレーションの過大評価(報道)は結果的にネガティブな反応を招きかねない。
 原文では以下のような指摘である。
「there was a perhaps overly heavy focus by the media on the size of reserve injections, without sufficient attention to other offsetting operations or to the details of central banks’ monetary policy implementation frameworks. These instances of misunderstanding suggest that there is a need to explain central bank actions to the public better.」
 ある頓珍漢な報道があり、それは専門的にはバカなんじゃないかというぐらい頓珍漢だけど、しかし一般読者の目を引きそうなキャッチーな記事であった場合、これに追随するかどうかの判断は、個々人の記者ないしデスクにはある程度のサラリーマンリスクを伴う面がある。もとより、専門的にバカな記事だったら、「バカ報道なので無視しましょう」と誰かが自信を持って言えばいいのだが、問題はたまたまその場にいた人間にバカ報道かどうかの判断がつかない場合である。
 こうなると、一般読者には真偽の判断はつかないので、「どうせ専門的な話など読者は分かりっこないから面白く書いちゃおうぜ」という風になりやすい。これは一番イージーな選択肢である。どこからも抗議は来ないからである。強いて抗議があるなら、報道対象となった当事者(このエントリーのケースでは対応が誤報された中央銀行)からである。その意味においては、このBISの指摘は真摯に受け止めた方が良い。
by bank.of.japan | 2008-07-30 18:34 | マスコミ | Comments(6)
日銀調査論文の雑感=中曾局長の語り…etc
 日銀調査論文「サブプライム問題に端を発した短期金融市場の動揺と中央銀行の対応」が出た。場所はこちら。昨年夏、欧米短期金融市場で流動性危機がぼっ発してからの各国中銀の対応をまとめたもの。バランスシート構成やオペ期間の変化などが図表入りで解説しており、ビジュアル的にも分かりやすい論文である。セントラルバンキングに興味がある方々にはお勧めです。以下、雑感を幾つか。
・説明者は中曾局長。やはり語りはやや熱い感じであった。金融危機が起きた97-98年当時の信用機構課長(破たん処理にまい進)、量的緩和&それ以降の金融市場局長。途中、BISに出向していた期間を除けばプルーデンスとマネタリーがいずれも異常だった両現場を経験しているだけに、この手の話は熱が入るのですね。これは良く分かります。この時期、中曾氏が今のポストにいるのは中銀コミュニティにとっても適役かもしれない。異常に長い局長在任だが、まだしばらく続投せざるを得ないのかもしれない。大変ですが、頑張ってください。
・バランスシート変化を見ると、FRBの金融調節はそろそろ限界を迎えつつあるような感じだ。このまま落ち着けば良いが、流動性のひっ迫が周期的に起きるようだと準備預金の付利ないし売手など資金吸収手段を導入しないとバランスシートの柔軟性が確保できない。FRBは国債貸し出しのファシリティーがかなり有効な手段となっているので、ポート側には一定の国債を保有する必要がある。この一定規模の国債がいわゆる崩してはいけないバランスシートの岩盤であり、そこに到達する前に吸収手段の導入が必要となる。早くしないとね。
・これは日銀への要望というか今後の課題というか、「売手」など吸収手段の有無が流動性危機時の対応力をかなり左右するのは間違いないので、この点を深堀した論文が望まれる。日銀は他国に比べて滅茶苦茶振れる資金需給をならすための手段として当たり前のように「売手」を備えており、その有効性は実はあまり意識されない。一方、中銀が自行債務を勝手に発行できるのは、まあよく考えると不健全な面もあり、「売手」問題は意外に奥が深い。この点の論点整理、期待しています。とか書くと白川総裁、事務方に早速発注しそうで申し訳ないのだが。
 とりあえず今日はこの辺で。関連エントリー、明日以降も続きます。
by bank.of.japan | 2008-07-29 20:38 | 日銀 | Comments(6)
地デジの勘違い=画質向上が目的と思っていた…
 テレビに余り関心がない(というか、じっくり見る余裕がない)私であるが、それでも現在のアナログ放送がデジタル化することは知っていた。ただ、その意味(目的)とか、それに伴って我が家のテレビがどうなるかはほとんど考えておらず、電波が変わって何がどうなるか良く分からんが、変わったときに考えればいいや、という感じであった。
 で、先般、初めて「デジタル化」が何かをネットでちょっと検索して調べたのだが、すっかり勘違いをしていたことが分かった。私はこれまで「画質の向上」が目的だとばかり思っていたのだが、「電波の有効利用」だった。「よりきれいな画面を見たい」という要求が世間で高まってきたため、デジタル化に移行するのだと考えていたが、画質向上は副次的効果なのですね。
 「電波の有効利用」については、現在どういう制約があって、デジタル化によってどれほど自由度が広がるのかは、これまたよく分かっていないのだが、業界的にはどうなんでしょう。もちろん電波の有効利用によって視聴者の利便性が高まり、次いでに画質も向上することで視聴者数が増加する、となれば業界的にはプラスなのだろう。いろいろ考えると厳しいように思われる。
 日本の総人口は減少している。経済はまあ低成長をたどるだろう。企業も収益率はさほど上がらない。マクロ的には全体として収益のパイはあまり広がらない。広告費も伸びないであろう。新聞業界はご存知のように縮小均衡に突入しており、そもそも文字を読まない風潮が強まっており、ネットの登場で新聞読む必要もない。一方で、業界ではそれなりにシステムを中心に設備投資はしてきているので、基本的には金はかかるが売上は伸びない構図である。
 テレビ業界もアナログからデジタルに移行する際にかなりの投資が負担になるはずで、それを賄うほどの売上拡大が見込めればいいが…。個人的な感想だが、過去10数年、(新聞中心の)マスコミ各社の関係で一番金が流れたのはシステム関係で、発注した側(マスコミ各社)はむしろ体力を消耗した感じである。テレビ業界も、受像機メーカーなど装置関係にはそれなりに金が流れるだろうが、局はデメリットが多い気がする。
 だましだましアナログでつないでいく、というのが合理的のように思うが。もう遅いのでしょうね。
by bank.of.japan | 2008-07-28 22:08 | マスコミ | Comments(27)
原油が下がるとホッとしますね=通常の不況パターンへ
 原油が高値から反落した。これが本格的な調整の始まりかは何とも言えないが、下がること自体はホッとする動きである。世界的に景気は悪化していくのにインフレが高止まりする状況は、金融政策を始めとするマクロの経済対応としては対処が難しいためだ。
 この状態は、特に金融システムが動揺する基軸通貨国の米国にとっては三重苦で、原油相場の落ち着きは「苦」の一つが取れたようなものである。スタグフレーション的な様相が通常の不況パターンになり、これはマーケット的にも分かりやすい経済情勢である。まあ、債券は買いやすくなるのではないでしょうか。
 原油価格が安定化した場合、米経済が直面するリスクは「資産価格の下落」と「循環的な景気の下降」である。両者が相互作用して景気の谷がどの程度深くなるのか、またこれに伴う全般的なクレジットの悪化によって金融システムにどの程度の不良債権が発生し、それは改めて金融システムを動揺させるのか。なかなか読みは難しいが、これは日本が既に経験したものであり、初体験的な恐怖感を強く感じるものではないだろう。
 似たような状況に直面した日本と米国の最大の違いはスピードでありましょう。米国の処理速度を日本の3倍とみるか、5倍とみるか、まあどっちでもいいのだが、日本が10年かかったものは2-3年で終わるのだろう。問題はやはり谷の深さ。処理が速いと谷は深く、しかし回復は急である、というように考えられるが…。どうなんでしょう。
 この間、基軸通貨ドルの信認が揺らぐかどうか。「海の色」は変わるかどうかなんですが。これはドルを信じる、信じないの問題であり、信じないより信じ続けたまま米国には立ち直ってもらった方が世界にとっては痛みの少ないシナリオなので、信じましょう。信じる以外に現実的な選択肢はないですから。
 まあ、ざっくりしたビューはこんなもんです。
by bank.of.japan | 2008-07-25 22:10 | マーケット | Comments(9)
実家が農地解放の恩恵を受けた小作人であるなら…
 下のエントリーを受けた個人的な思いであります。
 トラックバックを頂いた「すなふきんの雑感日記さん」経由のウィキペディアの農地解放の記述で、田舎の生活を改めて振り返ったのが…。まあ、少なくとも私個人にとっては農地解放はマイナス面が大きかったと思う。
 もちろん、私の実家が農地解放の恩恵を受けた小作人であったかどうかは、親父に聞いてみないと分からないのだが、昔は木こりをやっていたと祖父から聞いたことがあり、多分恩恵を受けた可能性はかなり高い。で、その影響がどうなったか、である。
 まず、私の親父の場合である。親父は戦時中、旧制中学に入り、戦後に学校制度が変わったときに新しくできた農業高校に移った。これは本人の意思ではなく、終戦直後の食糧難で「これからは農業の時代だ!」と思い込んだ祖父の命令であったらしい。卒業後、親父は地元の肥料会社に入ったが、しばらくは「儲かって儲かって仕方がない」という状況が続いた。ところが、高度成長が続いた反作用として、肥料ビジネスはだんだん先細りとなり、実家に戻って公務員となった(この辺の経緯は親父と祖父との間で微妙な見解の差があり、真実は不明)。
 そして私の場合。親父が田舎に戻ったとき、私は小学校に上がる寸前であった。私は小児喘息に苦しんだ一人であり、振り返ってみると、発症は田舎に戻った時期と一致する。その原因だが、自分としては①生活環境が変わったストレス②農薬-を疑っている。もともとアレルギー体質だったところに①と②による複合要因かもしれませんね。
 いずれせよ、中途半端な農地では機械化も出来ず、相当期間、手作業重労働が続いた。農薬もかなり浴びた記憶がある。初夏は田んぼの殺虫剤散布で真っ白な粉を浴び、一方でみかんも栽培していたので、こちらは真っ白な液体が霧状になって体に降りかかった。どっちも吐き気がして、私は苦痛でたまらなかった。
 半端な農地は、兼業農家の典型であるが、家計的にはもちろん現金収入の主力手段ではなく、食い物のかなりを自給自足で賄う分ぐらいの足しになっただけで、現金収入があったにしても耕運機や肥料などの購入に「大半が消えた」と親父は言っていた。親父はまだ農作業が趣味的に好きだったからいいものの、私にとっては喘息発症をもたらした原因の可能性が高いうえに、苦痛な労働でしかなった。私よりも激しい重労働を余儀なくされた友人も多かったが、誰もが辛そうだった。知る限り、だれも農業をやっていない。
 農地解放。「大規模営農が事実上不可能となり、日本の農業が国際競争力を得られない構造が固定化されることとなった」(ウィキペディア)うえに農業を嫌いにしたのではないか。ちなみに今は趣味的な農業はいいかな、とは思っております。
by bank.of.japan | 2008-07-24 22:40 | 経済 | Comments(18)
一万田総裁の農政をめぐるやりとり=農地解放は失敗?
 国会会議録で一万田総裁の答弁をいろいろ探っていたら、農村金融をめぐるやりとりがあり、その中で質問者側に気になる指摘があった。もとより、私は農政の歴史には全然詳しくないのだが、農地解放が生産性の面ではむしろ失敗だったのではないかと思わせる指摘であります。この辺、詳しい方がいればご指摘頂くと幸いです。昭和25年07月29日、衆院・経済安定委員会より。

○渕委員 (略)今日土地改革によりまして、多くの諸君が小作農から自作農に転換いたしましたところが、かつての自作農であつた方々は、相当長い間経験を持ち、なおかつ財産を持つておりました。従つて営農資金はたんまりあります。馬もあれば牛もある。農機具もある、銀行の預金もあるということですから、そういう方々は、こういう状態に追い込まれましても、農業経営には相当苦心はありますけれども、そう困難は来していない、ところがこのたび解放されました多くの小作人の方が自作農になつたとき、営農資金がない、馬も牛もないというような状態に追い込まれております。こういう人たちに営農資金を與えて行かなければ、日本の食糧の増産はできない。今日土地をもらつた小作人は、失礼ながら今まで自作農が一生懸命やつておつたときよりも、生産は落ちております。言葉をかえて言えば、農地改革の結果、日本の労働の生産性は低下したというのが、偽らざる統計の示すところでございます。そういつた方向に思いをいたされますると、何か予盾があるのじやないか。そこで私がもう一点お聞きしますことは、問題は、農村ほほかの中小商工業と違いまして、まことにもうからぬ企業であります。従つて水の低きに流れるごとく、金というものがどうしても利益のある方へ流れて行く。これを日本の政治なり、あなた方が、低いところに流れないように、逆流させるような作用をさせるのが、農村金融を思うつぼにはめるということではないかと思うのですが、その点、引合わない農業に、いかにして長期資金を流すかという問題を提起いたしたいのであります。それに対する総裁のお考えを承りたい。
○一萬田参考人 (略)それから営農資金なんかでも、従来特別になかつたのですけれども、農業手形制度というものもここに創設しまして、農業手形で営農資金の供給をまず図つた。私の方ではそれを特別にやる措置をとつておる。こういうふうなことをやつておりまするが、しかしおそらく、今農村の問題は、具体的にお困りになつているのは金融であるかもしれません。すべて今は貨幣経済の中ですから、困る点は金融という面に現われて来るのですけれども、今の病気の根源は、もう少し深い違つたところにある。そこをひとつ直すようにして、当面の応急措置は応急措置として考えたらどうですか。元を直さずして、ただ応急措置々々々々では、ずつと間違つた方向に進んで行くかもしれない。だからやはり病根を切開して、直すところは直して、臨床的にも、内服薬も飲むというふうにせぬと、なかなかうまく行かない。ところがそれを言うと、切開をいやがるとか、いろいろな複雑な事情があるとか、何とかいうので、姑息的な当面お茶ぐらい飲んでごまかして行くというようなことをやる。それはいかぬ。決して営農資金に無関心ではないのであります。
 
 このやりとりの前には以下のような答弁もある。

○一萬田参考人 (略)ところがこの農業協同組合というものが、どうですか。私かれこれここで申し上げませんが、どうですか。よほど考えてもらわなければならぬ点が多いと私は考えておる。そうしてそういうふうな運営の仕方ですから、金がない、ないと言いつつ、この組合で集めた金で、最近まで百五十億円というものが、銀行の預け金になつておる。いわゆる同業者預金。これは金利が当時二銭数厘しておりましたから、組合でせつかく農村の金を集めて、農村に金融が非常に不足しているにかかわらず、農村にその金を使わずに、銀行に預けている。そういうふうなことをやられたのでは、なかなか農村金融というものはうまく行かない。組合というものは組合系統になつているので、この組合の健全化ということについてはどうすればいいのですか、それをたださぬ限りは、なかなか解決しないというのが私の考え方です。

 農地解放は、うろ覚えだが、困窮状態の農村が共産化の温床となるのを防ぐためにGHQが実行したものだが、結果的には集約された農地が細切れになり、生産性が極度に低下。組合組織があまりうまく機能しなかった、ということであろうか。日本がその後急速に復興し、いずれにせよ地方から労働力を吸い上げたことを考えると、農地解放は不要であったとも考えられなくもない。まあ、当時としては日本が復興するかどうか不透明で、とにかく政情安定化が喫緊であったということであろう。下のエントリーに絡めるわけではないが、いつの時代であっても、将来を予見するのは難しい。
by bank.of.japan | 2008-07-23 21:51 | 一万田総裁 | Comments(4)
長銀粉飾決算の逆転無罪の雑感
 ちょっとタイミングが遅れたが、長銀粉飾決算の逆転無罪についての感想を。とりとめもない雑感ですが…。

ネットを見ていたら、「長銀粉飾決算、逆転無罪 消えた税金、責任どこへ」というヘッドラインが目に入った。いみじくも当時の空気を引きずったものである。税金投入に怒る国民(&マスコミ)、振り上げたこぶしを何らかの形で振り下ろす必要があった。その犠牲となったのが、旧経営陣であろう。

もとより、粉飾を問われた経営陣は、人事的なめぐり合わせで、10年以上前の過剰融資の敗戦処理をやる羽目になった。そんなことは金融界では誰もが知っていて、「タイミング悪いときに経営陣になるというババを引いた」という感想が多かったように思う。これは日債銀の窪田さんや東郷さんも同じで、二人は会えてババを引く(火中の栗を拾う)ほどの善人であった。

先日、当時をよく知る日銀幹部は言った。粉飾を問われたのは「当時の空気だった」と。

バブルが市場経済に付き物であり、その生成と崩壊のマクロインパクトが大きければ大きいほど、金融システムクラッシュの引き金は誰にも引けない。結局は、ゴーイングコンサーンしか選択肢はない、のだろう。マクロ経済現象の結果として生じた敗戦処理にぶち当たった人々に責任を負わせるのは、怒る空気のスケープゴートでしかない。そんなとき、公的資金注入せずに破たん処理したら膨大な公的資金が必要なのだ、と説いても誰も耳を傾けない。

じゃあ本当の責任はバブル期の経営陣にあるのか。これも良く分からない。人は神の予見能力は持たない。地価が上がり続ける局面で、不動産担保融資を伸ばさない「英断」は、バブルがはじけた後で振り返れば、英断だったと誰もが言えるが、その局面で本当に断言できるのか。

長銀は状況の犠牲者だったと思う。

この仕事に就いた初期の頃、どんなにマクロインパクトがあっても問題債権は徹底処理が必要(清算主義)ではないかと思ったものだが、現実はゴーイングコンサーン以外には選択肢がないのだろう。今の米国もそんな感じである。

金融機関経営は基本的にはマクロ連動する。商業銀行は緩やかに、投資銀行は激しく。金融マンがマクロ循環のどの局面をどのようなポジションで迎えるかは運命でしかない。言えることは、バブル崩壊の初期に金融マンとしての人生を終えた人々は本当に良い人生を過ごした、ということだ。
by bank.of.japan | 2008-07-22 22:48 | 金融システム | Comments(17)
白川総裁講演のポイント=バブル崩壊時の日米相似性、クロスボーダー担保の信用供与など
 本日は白川日銀総裁の講演あり。アドリブもなく、いつもの政策スタンスが理路整然と表明され、マーケットインパクトはなかったようだ(つまりノイズなき情報発信ですね)。私の解釈でポイントを簡単にまとめると以下の通り(質疑部分含む)。
①日本の物価は(過去に比べると)かなり上がったが、相対的には日本の物価情勢は(諸外国と比べると)恵まれている。
→欧米インフレ懸念を日銀も共有するという観測が浮上して長期金利が上昇したが、これはやっぱり杞憂であったということでしょう。白川総裁が「BISなどでは、日本はまだインフレ懸念では恵まれている、とみられている」というエピソードを紹介していたが、まあそうなんでしょう。
②供給ショックによる物価上昇を利上げで押さえ込むのは適切でない。景気への打撃が大きい。この上昇は受け止めるしかない。
→利上げで原油高を抑える、という珍説をしばらく前のエントリーで紹介したが、白川総裁の上記の指摘は「石油ショックの経験など踏まえた先進各国中銀で共有されるオーソドックスな考え方」という。つまり、日本が利上げして原油高を抑える、という主張はワールド級の珍説ではなかろうか。
③(供給ショックで物価が上がった後に)インフレ予想の上昇など通じて二次的効果が発生する恐れがある場合には利上げが必要だが、今はその局面にあるとは思わない。
→同感です。
④現在、中央銀行間ではクロスボーダー担保による信用供与が大きな検討課題になっている
→この課題、総裁が公式の場で発言したのは初めてのような気がする。かなりテクニカルな話で、資金繰り関係者しか興味を持たないと思うが、実務的ハードルは高いものの、実現したら流動性危機の回避にかなりの効果を発揮すると思われる。例、外銀東京支店が担保不足に陥ってデフォルト寸前になっても、ロンドンかニューヨークの本店に担保余力があれば、それを東京支店が使えるようになる、というイメージ。各国決済システム間のすり合わせが大変ですね。
⑤金融システムの流動性供給の面で、バブル崩壊以降、異例の対応を取った日銀の立場からみると、FRBの対応との類似性に改めて驚かされる。
→不良債権処理に苦闘した当局者・民間金融関係者らにとっては言わずもがなかもしれないが、欧米当局の対応はデジャブーの連続でありましょう。米国の空売り規制、やっぱり来たか、という感じでしょうか。バーナンキ議長の16日の議会証言からは、日本といっしょにすんじゃねえ、という心情がうかがえましたが(苦笑)。
by bank.of.japan | 2008-07-18 22:17 | 日銀 | Comments(12)
保身的ヒアリングが集中する現象は困ったものである
 金融庁が動いて以来、ファニーメイなどエージェンシー債の保有状況に関するヒアリングが集中する現象が起きているようである。外貨運用関係の方々、ご苦労お察しします。当局が動くと、それ以外の様々な主体の人たちは、聞く権利を得たと思うのか、聞く義務を負ったと思うのか、国民に知らせる権利があると錯覚したのか、その人達の心情はよく分からないのだが、ここぞとばかりに聞きまわっているらしい。問題は「それでどうするの?」でありますね。
 市場関係者に聞いたところでは、「アホなんじゃないか」、「勘違いしてんじゃないか」みたいなヒアリングもあり、聞かれる側としてはまあ疲れるでしょう。お金を預ける立場で「心配でたまらない」から聞いているなら、最初から外貨投資とかしなきゃいいのではないだろうか。そういう向きは国内運用(国債)でも心配になるだろから預金しましょうね。預金も心配だったら? 現金にしましょう。 現金も心配なら? 無一文になりましょう。
 一般的に外貨投資をする場合、エージェンシー債は大量に発行されているので、普通に外貨運用すると普通に組み込まれる存在である。「金融庁が、民間金融機関の住宅債券の保有状況について調査を始めたという話がございます」という案の定の質問に対し、白川総裁は「大手金融機関を中心に、米国政府系住宅金融機関債を相応に保有していることは承知している」と答えていたが、まさに「相応の保有」は自明のことである。
 逆説的に緊急のヒアリングが必要な事態とは、①危ない資産をかなり抱えているのに秘匿していた金融機関が多数存在している②保有状況は把握しているが、当該資産の価値が急激に悪化している-といった場合であろう。現状では、エージェンシー債は定期的(毎月)に保有状況は報告することになっており、さらに言えば価格はさほど変化していない。
 本質的なポイントは「米政府がエージェンシー債の発行体をどのように救済するか」であり、日本政府がやるべきことは米政府へのヒアリングであろう。「わが国金融機関もそれなりに持っているから、毀損しないようにちゃんと対応取れよ。でないと投げちゃうよ。そうなると本当にグローバル金融がクラッシュするよ」という注文付けである。
 では、なぜ国内保有者にヒアリングするのか。金融庁もバカではないので、これは聞かなきゃいけない事情があるのだろう。こういうのは、得てして偉い人が「一体どうなってんだ!」という短気系の場合で、「毎月報告が上がってますから、月末にはまとまりますよ」とか言っても「今この瞬間の数字を出せえーー」みたいな雰囲気になって、または怒られる前に「調べてますよー」的な対応を早めに取った、ということであろうか。まあ、保身のヒアリングですね。
 ヒアリングが横行しているのは保身しなきゃいけない主体が多いからでありましょう。だとすると、やっぱり金融には向いていない風土である。

本日の笑い話 保身的ヒアリング攻勢で嫌気した金融機関がエージェンシー債を投げる→エージェンシー債の暴落→リスク管理上、世界中の投資家が投げる→無限の公的資金注入を余儀なくされる米政府の信任低下→グローバルクラッシュの現実化。保身ヒアリングが世界経済をつぶしたとさ。 

トータルで100兆円あまりの不良債権を処理した国じゃないですか。多くの方々がその過程で犠牲になったじゃないですか。泰然自若とした対応でいいのではないか。あの経験、もう忘れてしまったのだろうか。
by bank.of.japan | 2008-07-17 21:40 | マーケット | Comments(24)


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