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「調節年報」、笑劇性にのけぞりました
26日発表の「2004年度の金融調節」(いわゆる『調節年報』)、笑劇的である。驚いた、というよりのけぞったわけで。全般は実務的な淡々とした記述。問題は、第4章「金融調節運営の特徴点」の第6項「金融調節運営に関する留意点」で、これは書き手が明らかに違うのが分かるほど異質。何と市場機能の低下を、ターム物のリスクプレミアムの縮小、コール取引の減少と位置付け、「金融システム安定化に伴って市場機能に配慮するのは重要な課題」としている。
 オイオイオイオイオイ、である。機能低下を定義するのもいいが、それを副作用と位置付けるなら、効果との比較論をきちんと行うべきであろう。でないと、いかにも恣意的な問題提起であり、この主張を行うために『調節年報』を使った、ように見受けられる。そもそもリスクプレミアムの縮小は、企業金融環境の緩和ではなかったのか。
 もっと深刻なのは、オペ期間の長期化によってオペ資産の残存期間も長期化し、日銀資産の流動性確保において問題が生じかねない、と言っている点。これって、中央銀行として恥をさらしているのではないのか。そもそも①資産流動性への配慮は日銀として押さえるべき基本②量的緩和を強化する際には考慮すべきこと③今ごろ、この問題を持ち出すと、基本を忘れていた-との印象を与える。金融政策の運営は、B/Sへの影響等も含めて計画的に運営されているものと思っていたのだが、どうやら「ご利用は計画的に」ではなかったようだ。
 調節年報にこういうことを書いてしまうほど、量的緩和がイヤになったということだろうか。やっぱり金融政策感情論かなあ…。下限割れもヤラセ的に行われるような雲行きで、開き直ったということであろうか。ゼロ金利解除の時もそうだったが、一つの機運が潮流となると、止めるのは難しい。厭な予感である。
by bank.of.japan | 2005-05-31 18:25 | 日銀 | Comments(2)
ソウル発総裁発言=「解除の“ひこばえ”」
 韓国を訪問した福井総裁の発言がソウルから伝えられた。
かいつまんで紹介すると、量的緩和を散水に例えて「取引は自分たちでできるという(市場機能の)新しい芽が出揃っており、(散水して)根腐れしても平気というのは金融政策の姿勢からは無責任である」
 市場機能を封殺しないために下限割れを容認したことの説明であろう。だが、私の解釈では、下限割れ容認の必要性が乏しいのに容認したのはやはり恣意的であるし、解除願望の新芽が日銀に生えてきたからではないかと受け止められる。従って、市場機能の新芽論は、日銀解除願望の新芽の裏返しのように思われる。
 なお、ガーデニングに詳しい市場関係者は、新芽は新芽でも「ひこばえ」ではないか、とのこと。以下は適当に検索したあるサイトより転載

.『ひこばえ』
幹の根元から生える「ひこばえ」は剪定の対象で、芽が出てきたら出来るだけ早く剪定することが望ましいそうだ。

ひこばえ 樹木の根元にある不定芽から出る徒長枝。成長力が旺盛なため幹の肥大が悪くなるので直ぐに切除することが望ましい。「やご」、「やごぶき」ともいう。

日銀内に芽生える解除の機運が「ひこばえ」的なものなら、旺盛に成長する恐れがあり、ひいては日銀の信認にも悪いことになると懸念されるため、直ちに剪定するのが望ましいのかも。

ところで、速水前総裁も量的緩和を「水やり」に例えたことがあるのをご存知だろうか。
詳しくは、2001年6月19日の定例会見をご参照されたし。
「流動性をドンドン投込んでいっても、植物に水をいくらかけても、その植物が大きくなっていかないということの裏には、やはり何か、土地が悪いとか、肥料が悪いとか、日が当たらないとか色んなことがあるわけであり、そういうものを植物が育つようにしていきながら水をかけていかない限り、いくら水をかけてもジャブジャブになってしまうだけで、植物は育っていかないということを、このグラフでご想像頂けると思う。基礎体力が育たないで、トラップの中でむしろ植物が勢いを失ってしまうような可能性さえあるわけである。金利が特に低いだけにそういった懸念もある」
 どちらの比喩がどうかはみなさんの判断にゆだねるとして、福井総裁が速水前総裁に似てきたのではないかと不安に思うこのごろである。マーケットルーマーでは、目標減額に前向きなもう一人の政策委メンバーは総裁ではなく、ある意外な審議委員のようだ。解除の新芽が「ひこばえ」化するかどうかは総裁次第。慎重に判断されるものと信じたい。甘いかなあ…

このところ原稿執筆がやや立て込み、思うようにエントリー更新できないかもしれません。ご容赦を
by bank.of.japan | 2005-05-28 00:36 | 日銀 | Comments(6)
笑って許して・和田アキコ
替え歌頂きました。作者の方は「お恥ずかしいので非公開」との希望でしたが、せっかくだし、日銀の気分を良く表しているので。しかし、修正が解除の一歩なら笑って許すのは無理かも。


♪笑って許して♪   

笑って許して 小さなことと
笑って許して 下限割り込み
札割れも 許すと言ってよ

今は 〇〇ひとり 〇〇もうひとり
解除しよう 解除しよう
任期中に 間に合わせる
信じて欲しい

笑って許して なお書き修正
笑って許して お願いよ~



注)〇〇には漢字二文字で政策委メンバーがそれぞれ入ります。
by bank.of.japan | 2005-05-27 00:11 | 替え歌 | Comments(4)
議事要旨、読んでいてちょっとめまいが…
 福間委員が反対していた。問題は、先々の政策運営で、3人が減額案に肯定的だったこと。あれっ?、予想していたより一人多いんじゃないか。この3人に福間委員が含まれている可能性はあるが、発言内容はどうもそうではなさそう。撹乱分子として明確なのは須田委員、水野委員、あと誰だろう。えっ!、もしかしてあの方なのか…。
 それから、何と解除条件の見直し論まで浮上している。強化方向か、緩和方向かは判然としないが、どうも緩和、それもCPIペッグをやめるような感じアリ。まずいのではないか。政策運営の『憲法改正』だろう。
 読んでいて気分の悪くなるような内容、ちょっとめまいがした。
by bank.of.japan | 2005-05-25 15:27 | 日銀 | Comments(2)
政策委発ノイズの傾向と対策
 元FRB副議長のアラン・ブラインダーの『金融政策の理論と実践』は名著であり、政策に関与する日銀マンも多くが読んでいる(はず)。私が特に感銘を受けたのは「中央銀行とマーケット」について書かれたところで、ノイズの多い日銀のために書かれたのではないかと思ってしまうほど示唆的である。この部分は実は常識論で分かることが書かれており、日銀でも感の良い人たちにとっては言わずもがなの内容となっている。
 詳しくは本書を読んで頂くとして、かいつまんで私なりの説明すれば以下の通りだ。
 理想的には、中央銀行と市場が対話する場合、あくまでも景気動向に対するそれぞれの見方を刷り合わせていくのが望ましい。ところが、マーケットも完全ではなく、中央銀行も人の子なので、対話はうまくいかないことがある。最悪なのは、中央銀行が意図的か無意識かはともかく政策変更を織り込ませるような言動を行い、マーケットは当然反応することになるが、その反応を中央銀行は「マーケットは景気認識に基づいて政策変更を織り込んだ」と解釈することだ。
 ここで起きたことは、マーケットは(景気動向ではなく)中央銀行の言動に反応したに過ぎない。つまり、中央銀行はマーケットを鏡に自分の姿を見て納得しているわけで、いわゆる「意図せざる“鏡よ、鏡、私は美しい?”現象(ミラー現象は避けた方がいいとのご忠告があり修正)」(と私は呼んでいるが)が起きてしまう。やや乱暴で極端な喩えだが、日銀が「解除したい」と突然言い、市場は「え!解除するの」とびっくりして反応。日銀は「おお、市場は物価が上るとの認識を持ち、われわれの解除を織り込んだかあ」と悦に入ってしまうことだ。
 こうなると、景気動向を無視して中央銀行はマーケットを鏡にして勝手に突っ走るリスクがある。ブラインダーいわく「これでは中央銀行は“自分の尾を追う犬”のような危険な状態に陥りかねない」、または「単位根(ユニットルート)を持つ差分方程式を作り出しそうな危険な状態ということになる」のだそうだ。後者は私は専門家ではないので詳しく説明できないが、発散系の対話ということだろうか。日銀のクオンツ専門家によると、単位根は稀に複数発生するそうで、ノイズ源が複数ある日銀はこの稀な例かもしれない。とにかくブラインダーは「中央銀行員は奇抜な考えに左右されず、ファンダメンタルズから目を離してはいけない」と忠告している。
 前置きがやや長くなったが、問題の日銀政策委の単位根(ノイズ源)たちである。彼・彼女らがノイズとなった理由は、①昨年末の段階で、先々の政策運営のあり方を特定のシナリオを前提に話し始めた ②しかも、話だけで終わらせ、投票行動を変えなかった ③この結果、マーケットから見ると、議事要旨の中で、特定できない「ある委員」が将来の政策論を語り、あたかも日銀執行部の意を受けて地均ししているように思えた-ということであろうか。
 速水体制下では、篠塚委員と中原(伸)委員が大勢とは異なった見解をそれぞれ主張していたが、それらが政策運営上のノイズと受け止められたことはあまりなかったように記憶する。これは、主張と同時に議案を提出し、それぞれ否決されることで大勢意見と峻別されていたからだと思う。従って、現在のノイズ源たる委員らは、①現状維持ではない政策論を持っているなら、語るだけでなく、投票行動を伴う必要がある ②また、先々のある特定の状況を念頭に置いた政策論であるなら、特定の状況が起こりうるかどうかの蓋然性はまず事務方と水面下で詰めるべきであり、よく分からぬうちに政策論として出すべきでない-と考えられる。「マーケットの馬車馬さん」が右でコメントされておられるように「そういうことはチラシの裏にでも書いてくれ」というわけだ。現に3月の資金不足の時は危機的ではあったが、当座預金残高の下限は維持できたし、6月の資金不足だって「乗り切れそうだ」との見方が強いのである。
 例えば、須田委員のように、量的緩和はプルーデンス対策と主張(私は個人的には噴飯物の理屈だと思っている)するなら、即刻ゼロ金利政策に戻ることを提案し、思いっきり否決されることが必要だ。そうすれば、特殊意見として大勢意見との切り離しが行われ、ノイズ化することはなくなる。福間委員も同様であり、水野委員も副作用を懸念するのであれば、納得のある説明を踏まえたうえで、独自の政策論を堂々と提案した方がいい。西村委員は「モルヒネ論」の具体的な説明を行ったうえで、モルヒネを止めるか止めないかの姿勢をいずれ鮮明にすることが求められると考えられる。
 あと残された課題は、執行部が政策委員会メンバーの言動に関与すべきかどうかであろう。いきなりセントラルバンカーになった方々が多いだけに、いろいろと面倒を見るべきとの意見もうなずけるし、一方では面倒を見る行為がメンバーにとっては統制行為と受け止められることもあるだろう。また、それなりの地位を経た方々であるから、ご自身の言動が影響を与え得るとの認識はあるはずであり、むしろ制御めいたことはしないのも一つの考えではある。結果として、現在の政策論議が迷走しているのは、執行部が政策委員会を最大限尊重しているからだとも受け止められる。私の目にはそれが作戦参謀(企画)の弱体化とも映るわけだが…。
 なお、これは秘密でも何でもないために披露するが、ブラインダーの名著を訳した一人が、現日銀金融調節担当総括(課長)であることを記しておきたい。何とも皮肉なめぐり合わせと言うべきか、金融政策の実践担当者として、理論の迷走をどう眺めておられるのか。立場上、言えないかもしれないが、聞いては見たいものである。
by bank.of.japan | 2005-05-24 21:19 | 日銀 | Comments(8)
市場機能の封殺論=分かるようで分からない
 福井総裁が先週末の会見で「下限割れ容認」の理由として何度も触れたが、私にはよく分からない。審議委員の間でも、市場機能の低下と、それに伴う副作用(資産バブルとか)が指摘されるが、どれもこれも筋違いではないかと思っている。市場機能の封殺で懸念されるのは以下のような事柄であろうか
1 短期金融市場の取引機能の低下
2 資金繰りのモラルハザード
3 信用スプレッドの縮小
4 長期金利の低下
5 土地価格のバブル的な上昇
などであろう(他にもあればご指摘を)
以上の事象はしかし、量的緩和の「量」によるものか、ゼロ金利によるものかは判然としない。1は、これだけ量を出しているけど無担保コール取引はそれなりに残高があり、別に機能は低下していない。解除したら大変だという人もいるが、それは慣れの問題であり、取引妙味があれば短期市場に人は集まり、取引は円滑に進む。仮に混乱(金利の上昇)があっても、今はロンバードが歯止めになっている。2は、そういうことがないように考査局があるじゃないか。3は、まさに量によるものか、ゼロ金利によるものかが問題で、恐らくは後者の要因が大きいだろう。量を多少減らしてもスプレッド拡大は見込みにくい。まさに利上げが必要だ。4は、時間軸も含めた効果でしょう。5は、局地的にバブルの様相があるかもしれないが、局地的現象は金融政策で対処すべきものではない。むしろ日銀が市場原理を重視するなら、行き過ぎが自律的に修正される事態を待つべきでは。収益還元的に行き過ぎた高騰は、修正されるはず。そんなことはないと日銀は思っているのかな。
 とことんオペを打つと市場機能の面で何かまずいことが起きるのだろうか。現状の調節の枠組みでは、ターム物金利がベタッとなる感じが強まるだけのような気がする。まさか短資会社の経営が日本経済より心配だということはあるまい。むしろ、とことんオペを打つと目標下限割れが回避されてハッピー、ハッピーだろう。なお日銀マンも実は市場機能の封殺論はうまく説明できない。金融調節の現場が可哀想? それは否定しない。だが、クビになるわけでもない。もっともっと可哀想な現場の人は民間にはたくさんいる。
 うーん、一体何が問題なのか。これだという市場機能の封殺、ご存知の方がいればご教授を。
by bank.of.japan | 2005-05-23 22:06 | 日銀 | Comments(7)
日銀、作戦参謀(企画)の弱体化?=政府は大人の対応(追記あり)
 手元にある主要各紙の夕刊(三紙)のうち、一紙は「量的緩和縮小へ転換」と踏み込んだ“解釈”を報じていた。日銀政策委員会の結果発表は夕刊締め切りぎりぎりであり、普通なら結果内容を額面通りに受け取った報道となる。「日銀、下限割れを容認=量的緩和は現状維持」といった具合いだ。現に経済紙も含めてそうした見出しとなった。では、踏み込んだ解釈を報じた新聞は間違いか。実務的に見て正しい解釈を良くぞ伝えたと私は感心してしまった。
 日銀内部そしてインタバンク関係者にそれなりの取材を行えば、6月上旬の資金不足が乗り切れる可能性が比較的高いことが分かる。私もだから「きれいな現状維持」を予想していたのであり、ここで日銀が下限割れを容認する「また書き」を加えたのは、現状維持だと言い張ったところで、「小さな修正(小さくもないが)・大きな下心」みたいに、あわよくば残高を引き下げたいとのスケベ根性を感じとってしまうわけだ。その新聞も同様の解説をしている。
 さて、問題は実務的にはわざとらしい行為にしか見えない「また書き」を加えた日銀の判断が何に基づいているのかだ。戦略的に考えると、下心が透ける振る舞いは避けた方がいい。これまで何度も書いているが、後々の事を考えると、可能な限り「きれいな現状維持」を続けていくのが得策なのだ。それなりに努力してオペを打てば不足もかなり埋まるし、仮に下限を割れても大したことはなく、それは「程度」で読み込める範囲に収まるはずだ。日銀の見通しでは一年も経てば物価はプラス転換する予定であり、そこまでなんとか引っ張っていけるだろう。
 日銀としては下限を割ると大騒ぎになるから、あらかじめ調節方針で容認した方がいい、との判断があったかもしれないが、書面で記す行為は重いものであり、逆に調節への注目を高めることになる。また、下限を割った場合はわざとではないかと勘繰られ、解除観測を高める公算が大きい。市場の期待形成を撹乱するようだと、下限割れを必死に防ぐ事態に追い込まれかねない。
 日銀の企画は作戦参謀に当たるが、能吏である彼らは戦略的な判断をするものであり、先々のリスクを見越して墓穴を掘るような行動は避けるもの。総裁以下、政策委員会のメンバーらが引き下げ論ないし下限割れ容認に傾いたにしても、そうした行動は現状においては、むしろ政策委ひいては総裁の信認を傷つける恐れがあるため、何とか辛抱してもらうように説得するのではないかと思われる。下限割れが不可避ならまだしも、なんとかなりそうなのに「また書き」をつけるのは戦略的に見て疑問であり、作戦参謀が弱体化している気がしてならない。
 一方、間接的な情報だが、政府(財務省)は随分と大人の対応を取ったようである。インタバンクの実情も把握しているようで、日銀のお手並み拝見といった雰囲気がある。技術論にこだわる日銀に色をなして反論するのは、対外的には中央銀行の独立性を損なう印象を与えるとの判断があったようで、政府は政府でこれまでの主張を一貫して繰り返す姿勢を意図して取ったようだ。福井総裁になってからトップダウン政策が続き、日銀マンはそれに慣れたのかもしれないが、結果的には総裁を守るためにも、何とか押さえを効かせることも必要な気がするのだが。その辺、どうしたものだろうか。最近、武藤副総裁がどうしているのか、ちょっと気になるところではある。
 追記 とここまで書いておいてはたと思ったのは、作戦参謀がグリップを効かすのは、審議委員制度を尊重するうえではそぐわない面もあるかもしれない、ということ。政策委員会にすべての判断をゆだね、作戦参謀は極力存在感を消す。そういう風に徹しているのであれば、作戦参謀弱体化論は筋違いとなるわけだ。グリップを効かした方がいいのか、存在感を消した方がいいのか。これは見方が分かれるところかもしれない。
by bank.of.japan | 2005-05-20 23:28 | 日銀 | Comments(4)
フラッシュ! 汚い現状維持を決定=「また書き」が付いちまった
 少し時間に余裕があるので、フラッシュ連絡。決定会合は賛成多数で現状維持。ただし、「なお書き」の後に目標下限割れを容認する「また書き」がひっつく。調節方針の紙が汚くなりつつある。「なお」、「また」、「さらに」、「一方」、「しかし」…、あぁ、どこまで続くのか。
by bank.of.japan | 2005-05-20 13:05 | 日銀 | Comments(15)
きれいな現状維持 or 汚い現状維持
本日午後、決定会合が終了。結果発表は多分1時から2時ごろ。
予想と感想
・ただの現状維持ならきれい。拍手パチパチ、というか当然の結果。
or
現状維持だが、何かくっ付けば汚い判断。ただの現状維持でも、総裁が会見で下限割れ容認するならこれも汚い結果となる。本業ではいろいろな角度で批判記事がシリーズ化する見込み。ネタ在庫の意図せざる積み上がりが発生するので、忙しくなりそうだ。
or
残高引き下げは想定せず。政策委の逆噴射、逆ギレはないとは思うのだが…。

なお、本日午後は結果次第ながらもかなり繁忙になるため、エントリー更新できるか不明。その点はご容赦を。
by bank.of.japan | 2005-05-20 11:33 | 日銀 | Comments(4)
日銀マン、目下の関心事は…
金融政策ではなく、人事である。対外的には量的緩和の行方が注目を浴びているが、内部はそんなことより幹部人事が最大の関心事項だ。もちろん、金融政策への興味がないわけではないが、企画ラインを除いた大半の職員の関心の向け方はわれわれ傍観者とさほど変わらない。私との会話で金融政策が話題になっても、お互い部外者として感想を述べ合うだけで、マーケット関係者と話すのと似たようなものだ。
 そんな彼ら・彼女らが並々ならぬ関心を示すのが人事。5月と7月は比較的まとまった異動が行われる時期で、各局・各レベルで誰がどこにいくのかをめぐってさまざまな観測が飛び交っているのが現状である。人事は自分自身を除くと上司が焦点。例えば、着任して日の浅い局長のいる部署はそうではないが、2、3年と局長の在任期間が長い局では局長交代が取りざたされることになる。見るところ、大きく動きそうな気もするし、そうではないような気もする。
 私は、人事取材が得意でない。話のネタになるからうわさにはなるべく耳を傾けるが、しょせん人事は水物であるし、いずれは正式に発表されるものだからだ。ああでもないこうでもないとシナリオを披露しあい、当たった外れたと騒ぐのが関の山だ。なお、人事取材が得意でない理由の一つは、名前や入行年次、各年次のクリーンナップなど人事データがまだ完璧には頭に入っていないため。官庁取材の長かったある先輩記者の一人は人事が得意で、担当官庁の主要キャリアの名前・年次、学歴(下手すると中高まで把握)、他省庁幹部とのつながりなども頭に入っていたようである。どうしてそんなことができるのか不思議。でも楽しそうに人事を語っていたから、ある種のフェチなのかもしれない、と割り切っている。
by bank.of.japan | 2005-05-19 21:58 | 日銀 | Comments(1)


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