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CPオペ積極化の背景=98年1月16日の議事録
 金融政策決定会合の各議事録を読んで思い出したことなど記してみたい。もっぱら個人的なメモランダムであり、結果的に読者の方々の参考になれば幸いである。とりあえず箇条書きにて。
・中川委員がCDの出合いを積極化させるよう短資会社に要請してはどうかと求めていた。
→前年秋の金融危機の余波で銀行(都銀など)の資金繰りはひっ迫状態が続いていた。CDは有効な資金調達手段だったが、CDは短資経由から徐々に水面下に潜っていったとみられる。このため、公表レートが途切れることがあった。この点を中川委員は憂慮したのだろう。水面下に潜ったのは発行レートがかなり高くなっていたためで、しかも特定先への発行であったので、銀行側もあまり公表したくなかった、という事情がある。この手の表に出てこないターゲット発行物は、「水面下CD」と言ったりしたものだった。懐かしい。
・「      …など、外貨繰りに少し余裕が出ており、韓国ウォンも若干安定を取り戻している」という記述があった。
→この空白部分は恐らくは韓国系の銀行であろうと思われる。この時期、アジア危機の余波でかなり資金繰りに窮していたことはマーケットでも取り沙汰されていた。緊急スワップでしのいだ、という話も聞いたが、どうだったのでしょうね。
・川瀬企画局長が「インパスプレッド」という用語を使っていた。
→この用語は初耳のような気がする。多分ユーロ円インパクトローンのスプレッドのことであろう。もはや死語でありましょう。
・川原営業局審議役(最後のオペ担ですね)「CP発行金利はBIS規制上の取り扱い変更に関するニュースが出てから緩んでおり…」
→このニュースは懐かしい、と同時に日銀がCPオペを積極化させた一つの要因にもなった。銀行が企業発行のCPをバンキング勘定ではなく、トレーディング勘定で持てばリスクウェートは軽くなる、というものだったと記憶する。日銀はこの点に着目し、銀行がトレーディング勘定で持ったCPを対象にバンバンオペを打ったわけである。これは企業金融のひっ迫解消にそれなりに効いたと思う。危機時に生み出さされた工夫の一つであった。こういうのは日銀はうまい。この辺の経緯はもはやうろ覚えだが、議事録を読んで色々取材したことを思い出した。
 何か思いつけば追加します。
by bank.of.japan | 2008-08-04 22:11 | 議事録 | Comments(0)
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