田淵野村証券元会長の「私の履歴書」が終わった。印象的だったのはやはり最終回で、具体的には以下の部分である。
・今も「(80年代のバブル崩壊前夜と同様に)海の色が変わった」という胸騒ぎを覚える→ドルを基軸とする管理通貨制度の終えん ・日本は「職人国家」としてそれなりのステータスを保っていける→金融立国は幻想である このエントリーでは職人国家論を取り上げたい。長年、金融カーストの下位に甘んじ、大蔵省を頂点とする資本主義計画経済の金融に息が詰まる思いをし、また「日本人には外国人を使いこなせない」ことを痛感している方なので、日本が今後も「職人国家」として生きていくしかないとの思いが強いのは良く分かる。履歴書では「軍事力も持たずに『金融立国』の幻想を抱いている人は幻滅するかもしれないが…」と述べているが、これは正論だ。 私も田淵氏の主張に概ね同意するものだが、職人国家としてのステータスがどの程度維持できるかは良く分からない。最大の疑問は、スーパー職人になるための長年の苦労が報われる給与を得ているようには思えないことだ。しばらく前にNHK(番組は忘れた)が、金属のしぼり技術で世界的に有名な中小企業を紹介していた。各国から見学者が来るほど高い技術がある会社で、取材があった日には各国大使館の視察団が来ていた。ドイツ大使館の担当者は「わが国のマイスターよりもすごい」と賞賛していたのが印象的であった。 しぼり技術で一人前になるには10年はかかる、という。ましてやスーパー職人になるにはもっと長い月日の鍛錬が必要となるが、それに見合うほどの給料は得ているのかは疑問である。例えば、技能オリンピックで金メダルを取った技術者の給料はどの程度なのだろう。普通の技術者の2倍、3倍の給料がもらえるのだろうか。 人は金だけで動くものではないが、金は重要である。職人として世界的に有名なら、相当な給与をもらってもいい。だって機械で加工できない精密作業を手でやるのである。「世界的な名誉」は崇高ではあるが、給与面でさほど報われないなら、一般的なインセンティブとしては弱い。下のエントリーでも触れたように、日本の現場はもともと伝統的に負荷が高い(だから優秀と言われる)。高い技術を持つ職人を確保して競争力を保つには、労働者が払ったコストに見合うリターンがないと割に合わない。 「素晴らしい技術ですね。凄いですね。世界も注目するんですよ」と驚嘆するのはいい。だが、それだけで若い人がNPO的精神を発揮してスーパー職人を目指すはずはない(中にはそういう人もいるかもしれないが)。仮に高い技術に対して高いリターンを与えられないビジネスモデルであるなら、永続性に乏しく、それこそ現場が優秀であることに乗っかった経営でしかない。 私は、現場が奮起して会社を救った…、というパターンの「プロジェクトX」には強い違和感を覚える。確かに感動的であるが、そのとき経営は何をしていたのか、と常に思い、やや気分が悪くなるのだった。窓際の男たちが頑張るにしても、その感動を伝えるより、その男たちが窓際に追いやられた経営の問題を取り上げた方が建設的である。 額に汗してプロジェクトX型の職人国家の道を歩むのはシンドイであろうなあ。 明日は「海の色は変わったのか」を取り上げます。
by bank.of.japan
| 2007-12-04 23:33
| マーケット
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Comments(8)
>私は、現場が奮起して会社を救った…、というパターンの「プロジェクトX」には強い違和感を覚える。確かに感動的であるが、そのとき経営は何をしていたのか、と常に思い、やや気分が悪くなるのだった。
うちの偉い人たちにぜひ言ってやってください。
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経営者の給与は安い、職人の給与も安いとすると、誰が取り分をガメているのでしょうねw
仮に経営力の問題であったら、相対的な問題なので、高い給与の人も低い給与の人もいるはず。日本は国内の経済交流が活発で企業数も多く、慢性的な競争体質なので、超過利潤を得ている人が少ないだけじゃないかと思う。アメリカ行って向こうの話を聞くと、こいつら競争しなくても良い市場がちゃんとあって羨ましいなぁと結構真剣に思います。地理的な制約が日本とは段違いに大きいんですよね。 そして、競争体質で競合他社の情報にも敏感で、すぐに右に倣えになるので「誰にも真似できない技術」以外の面での戦略的優位性が発揮されにくい土壌があるみたいな。それゆえ、消去法的に技術の価値が高く評価されているんだと思います。 あの番組の中では、僕はむしろ関の爪切り職人の給与制度の変更がどう出るのか気になります。ああいうのは、理想的に見えて、短期的には上手く行っても長期的には継続したためしがないので。 P.S. プロXのアレは、危機的な山場を作ると視聴者がのめりこんでくれるから・・・
日本の強みというのは、島国で平和に恵まれ、日本語が漢字を取り込んで情報伝達力にすぐれ広く拡散して応用技術が多様に進む点にあると考えています。
しかし、インターネットの発達で非漢字圏もこの特性を持つようになり、優位性が相対的に無くなるでしょう。そして、日本では若年層が少なくなり、かつ本を読まなくなったし、関心が理系から完全に離れつつあるので、今の水準は急速に落ちると思います。 個人的には、日本の自然と治安と一体になった不動産を切り売りしながら、教育を立て直して、バランスの取れた位置に持っていけたらいいと思います。
>私は、現場が奮起して会社を救った…、というパターンの「プロジェクトX」には強い違和感を覚える。
そうでしょ、そうでしょ、私も大嫌いでしたあの番組。(中島みゆきのオープニング局は耳に残りましたが)打ち切りに追い込んだ世論には勇気付けられました。 ちなみに、私は、この主の問題の全ての根(こん)は、中国元安だと思っております。 中国元相場が昔の3程度であれば、日本国内の職人はまっとうな生活ができました。
もう一つ、需要側を見ていくと、結局今日本で評価されている職人さんは、海外の高級品市場での評価が軸になっていたりしますよね。彼の手作業にそれだけの価値を認めて対価を払ってくれる市場があるのかどうかが、職人の給与を決める重要な要素ではないかと思います。
日本の場合、相続税で無理やり3世代で資産家をリセットさせていまして、そこが良いところだと思いますが、そういうところでは贅沢な高額品を買えるような市場がいまいち育たないみたいな。それで海外で評価されるケースが多いのではないでしょうか。 いずれにせよ、マイスター的な手作業を要求される仕事は、連続大量生産の品と全く同じ市場で戦うのは不可能ですので、それ専用の市場の有無あるいは、それがEUにあるのならそこに進出する事が大事なんじゃないかと思う次第。 まあ、一般の町工場と、あの番組に出てくる職人さんを一緒にしちゃあいかんみたいな。というか、この嘆き、海外側から逆に見たら「日本は慢性的なダンピング体質だ」と思われているのではないかと思ったりして。
とおりすがりさん、どうもです。多くの現場で似たケースがあるのでしょう。もっとも、偉い人たちは「俺らもそうしてきたんだ」と思っているのかも…。
飛車さん、どうもです。競争過多で、技術の伝播も早いと、収益(報酬)は圧迫気味となりますね。一方で、マイスター的技術を持っても、その市場が小さいと、これまた報酬もそう高くならない…。戦後の中産階級化はいい意味では格差が少ない、悪い意味では普及品市場のダンピング体質となってしまったのかもしれません。 PKさん、どうもです。理系離れ(これが傾向的なものなら)競争力は低下していくと懸念されます。緩やかな衰退という方向でしょうか。加速度が付くと困りますが…。 うーぱー日記さん、どうもです。中国は「資源インフレ」と「賃金デフレ」を輸出している、とよく言われます。ただ、マクロ的な歪み(人民元を低く抑えている)はいずれ修正されるので、今の状態がいつまでも続くことはないと思われます。修正がきついかゆるいかの問題でしょう。
残念だが、団塊世代にはまっったく期待できない。
日本の一番の危機はこの世代が死ぬときに訪れるのに そのことを全く理解できていないアホが多すぎる。 職人国家?w ありえない。職人として食っていくって事は、 恐ろしい勢いで技術革新を続けて行かなくてはならないのに、 OECDの調査で学力が低下している。これは20年後に 確実に国力低下を引き起こすだろう。
ashさん、どうもです。職人国家として生きていくのは、ご指摘のようにシンドイと思います。緩やかな衰退にとどまるのがベストシナリオかもしれません。
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