一万田総裁のシリーズです。一万田氏の発言で有名なのは“ペンペン草”発言。実際の発言がどうだったのかは不明だが、川崎製鉄が金融引締めに反して製鉄所を建設しようとしたときに「製鉄所にペンペン草を生やしてやる」と言ったと伝えられている。この発言の源になった思われる発想が前回紹介した国会答弁の中にあった。以下の通りである。
○塚田委員 次にもう一点お尋ねいたしたいのは、金融機関の目で見させて、堅実なものに金融をさせて行く。堅実でさえあれば、絶対に金には不自由はさせないお考えであるように伺つたのでありますが、金融機関の立場から見させた場合に、堅実なものははたして今の経済状態で、ほんとうに伸ばしてやつていいものであるかどうかということが、非常に私ども懸念する点であります。ことに農業なんかの場合になりますと、これは他の商工業から見れば、おそらく金融機関の目から見て、金はなるべく出したくないというような事業であると思います。そうなります場合に、農村工業なんかをいたしますときに、資金需要をいたしましても、なかなか金が借りられない。そういう場合に借りられない状態が、地方に資金の需要がないということで、今おつしやるように、地方に資金の需要がないから、中央に金が集まつて來るというようになつて、だんだんいなか、ことに農業とかいうようなものが、金融難から産業が興らないという状態になつて來る懸念がある。過去には相当あつたと思います。今でもそういう状態があるのじやないかというふうに考えております。金融で産業を健全化して行くという考え方には、私は何かもう一つ別の基準から、その考えを補足する基準を一つ置いて行かなければならぬのじやないかと考えるのですが、その点……。 ○一万田参考人 一つの点の金融から見て、健全というふうには必ずしも私考えておらないのです。それで私たちが今日相談しておることは、今日のこの難局を切り拔けて行くのに、金融とか産業とかいうようなことを言つておつてはだめなのです。それよりもむしろ産業と金融というのは、やはり渾然一体にならなければならぬ。それには産業家も自分のポジツシヨンをいつわりなく金融機関によく相談いたしまして、こういう状況だ、どうしようか、こういうふうにお互いに腹を割つて、そうしてここを乘り切つて行かなければ、うまく行かないじやないか。そういう方向に行くのでなければならぬ。何か金融というものが産業に優先しているというような、そういうけちくさい考えは少しも持つておりません。同時に金融でもつて産業をかれこれするというような世評が、從來なくはありませんが、それは事業自体が道樂しているのですから、道樂している場合に、女房役の金融というものは、懷中を預かつているのは当然なんだが、それを道樂している者に懷中を預けておけば、翌日配給物も受取れません。そういうようなことでは國がつぶれます。それだから、産業が眞にインフレ的な考えから目ざめてやつてくれれば、女房役はむしろお小づかいはどうだろうかくらいに思つて、知らぬうちにたもとの中に小づかいを入れてくれるようになるのです。問題はそこにあると思うのです。だから從來のやり方は、インフレの根本にメスを入れない。底を探らずに何とか金融の一時を糊塗して來たというのが、日本経済の実態だと私は考えております。 当時の状況では、一万田総裁の目には産業が道楽しているように見えた、のだろう。製鉄所を建設する行為は、ある種の道楽と映ったのかもしれない。現在のようにデフレを経験した後では、巨額の設備投資に反発する発言は理解しにくいが、「産業と金融というのは、やはり渾然一体にならなければならぬ。それには産業家も自分のポジツシヨンをいつわりなく金融機関によく相談いたしまして、こういう状況だ、どうしようか、こういうふうにお互いに腹を割つて、そうしてここを乘り切つて行かなければ、うまく行かないじやないか」と言うのは一つの正論として腹に落ちるとこがある。
by bank.of.japan
| 2007-04-16 22:31
| 一万田総裁
|
Comments(10)
ぺんぺん草発言、改めてgoogle検索してみました。この時代は、日銀が市中銀行と金融庁と経済産業省を兼ねていたような状態だったのでしょうか。今ではとても考えられない越権的な発言・・・でもないかw
事業投資は博打ですからね。優れた博打うちほど優れた経営者かも知れません。特にメーカーの創業経営者は山師じゃないとダメじゃないかと思う事が多々あります。
0
まいどです。ろじゃあです。
>産業と金融というのは、やはり渾然一体にならなければならぬ。 この辺がいまどの程度共有されてるんでしょうかねえ。 ○○と金融というのは、やはり渾然一体にならなければならぬ。 やはり産業という字が入るのか、それとも他の字が入るのか・・・・。 戦後銀行法と出資法が新たな器になった頃をはさんだ前後10年づつ。 いろいろなものがまだ転がってますよねえ。 一万田シリーズってネーミング、いいっすね(笑)。
飛車さん、どうもです。資金がひっ迫した当時は、信用創造の源であった中央銀行の力は絶大であったと想像されます。他にも面白い発言はありますので、順次紹介してみたいと思います。
創業者がある意味で優れたばくち打ち(今風に言えばリスクテーカー)である、というご指摘は肯けます。
ろじゃあさん、またまたどうもです。キャッシュリッチな優良企業はもはや無借金となり、金融をあまり必要としない状況は、当時の一万田総裁には想像も付かないかも。もっとも、間接金融に頼る中小企業は、渾然一体となるしかないです。一心同体だと共倒れなので、そこはバランスをとって、経営実体を女房役の打ち明ける必要があるでしょう。捨てられるから打ち明けない、というインセンティブをどう防ぐかが重要ですね。
一万田シリーズ、高評多謝です(笑)。
一万田総裁シリーズ、面白いですね。
グーグルで一万田総裁を検索したところ、本石町日記の真下に「日銀鳥取事務所」のサイトがヒットしました。 ○一万田尚登元日本銀行総裁と,きのこセンターとの意外な接点とは・・ http://www3.boj.or.jp/matsue/tottori/tenzikai.htm 過剰投資に警鐘を鳴らす一方、椎茸で産業育成を図るとは粋な法王ですね(^^
椿ラインさん、どうもです。面白い情報、多謝です。そういう興味深いところもある法王だったのですね。参考になります。
ふと思ったのですが、ぺんぺん草発言の1950年頃のマネーサプライってどれくらいでしょうか。日銀のサイトで確認できるのは1955年のM2+CD末残までで、およそ3兆6000億。1950年はドッジ・ラインの直後、朝鮮戦争をはさんで1995年にはそれなりに経済成長している時期でマネーサプライの成長率は前年同月比20%前後ありますので、下手したら2兆円を切るくらいかな。
とすると、単発で163億の設備投資の資金調達は、土木建設、設備業界などの資金調達の連鎖を考えたら、今の時代のバブルなんて可愛く見えるくらいの信用創造になるし、こけた時の影響は甚大かも。 とすると、まあちょっと待てというのはわからないではないかな・・・ この時代のインフレはマネタリーな現象ではなく、サプライショックだと思うので産業復興に力を入れるべきじゃないかと思ったりするけど、やっぱり大風呂敷すぎかなぁ。
飛車さん、どうもです。私も、物不足だから設備投資して供給増やした方がいいようにも思えるのですが。一方、敗戦でお金が価値がいったん暴落した直後でもあるので、貨幣経済がうまく立ち直っていなかったので、やはりマネー面では引き締めが必要だったのでしょうかね。
von_yosukeyanさん、どうもです。詳しい背景説明、ありがとうございます。一万田総裁の置かれた状況が分かり、大変参考になりました。今後シリーズを続ける際に当該エントリーを念頭に置くつもりです。しかし、多方面に造詣が深いのには驚きで、参りました(笑)。
|
ライフログ
検索
最新のコメント
カテゴリ
全体 リンク 連絡先について メルマガ 日銀 経済 マーケット FRB&others 金融システム 替え歌 欧州便り ユーロ マスコミ ブログ紹介・お知らせなど ALM 大機小機 その他 議事録 一万田総裁 未分類 以前の記事
最新のトラックバック
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
| ||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||