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日銀文学における「考えられる」が削除された意味
 本日も忘年会“等”により、エントリーの更新はできないはずだったのですが、総裁挨拶でちょっと気になった箇所があったので、その部分だけ手短に紹介したい。

具体的には、量的緩和解除の可能性に関する部分。
「政策運営の枠組みは、来年度にかけて変更を迎える可能性が高まっている」
これは今月8日の名古屋での挨拶は以下の通りだった。
「政策の枠組みを変更する可能性は高まっていくと考えられる

比較すると分かるが、“考えられる”が取れたわけだ。総裁の生発言は、サービス精神がおう盛なことによるトリッキーなアドリブが多いので、“生発言”の時系列比較は至難の業だが、今回取り上げたのはテキスト(公式文書)ベースでの比較。ホームページにもアップされるテキストは日銀文学が駆使されており、軽く見過ごすことはできない。

「考えられる」が削除された意味は、
①解除判断の前進
②何となく変えた
③総裁が勝手に変え、執行部(事務方)はそれに気が付いていない
一応、日本語の使い方としては②は考えにくい、③の可能性はないではない(実際過去にそういう“事件”があった)が、想定問答のプロである企画エリートは基本的に抜かりがなく、特に金融政策運営は微妙な時期なので③的なオペレーショナルミスはないと判断される。従って①であろうと思うのだが…。

そろそろ時間切れなので、この辺で。

みなさん、メリークリスマス!!
by bank.of.japan | 2005-12-22 18:27 | 日銀 | Comments(0)
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