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政策委発ノイズの傾向と対策
 元FRB副議長のアラン・ブラインダーの『金融政策の理論と実践』は名著であり、政策に関与する日銀マンも多くが読んでいる(はず)。私が特に感銘を受けたのは「中央銀行とマーケット」について書かれたところで、ノイズの多い日銀のために書かれたのではないかと思ってしまうほど示唆的である。この部分は実は常識論で分かることが書かれており、日銀でも感の良い人たちにとっては言わずもがなの内容となっている。
 詳しくは本書を読んで頂くとして、かいつまんで私なりの説明すれば以下の通りだ。
 理想的には、中央銀行と市場が対話する場合、あくまでも景気動向に対するそれぞれの見方を刷り合わせていくのが望ましい。ところが、マーケットも完全ではなく、中央銀行も人の子なので、対話はうまくいかないことがある。最悪なのは、中央銀行が意図的か無意識かはともかく政策変更を織り込ませるような言動を行い、マーケットは当然反応することになるが、その反応を中央銀行は「マーケットは景気認識に基づいて政策変更を織り込んだ」と解釈することだ。
 ここで起きたことは、マーケットは(景気動向ではなく)中央銀行の言動に反応したに過ぎない。つまり、中央銀行はマーケットを鏡に自分の姿を見て納得しているわけで、いわゆる「意図せざる“鏡よ、鏡、私は美しい?”現象(ミラー現象は避けた方がいいとのご忠告があり修正)」(と私は呼んでいるが)が起きてしまう。やや乱暴で極端な喩えだが、日銀が「解除したい」と突然言い、市場は「え!解除するの」とびっくりして反応。日銀は「おお、市場は物価が上るとの認識を持ち、われわれの解除を織り込んだかあ」と悦に入ってしまうことだ。
 こうなると、景気動向を無視して中央銀行はマーケットを鏡にして勝手に突っ走るリスクがある。ブラインダーいわく「これでは中央銀行は“自分の尾を追う犬”のような危険な状態に陥りかねない」、または「単位根(ユニットルート)を持つ差分方程式を作り出しそうな危険な状態ということになる」のだそうだ。後者は私は専門家ではないので詳しく説明できないが、発散系の対話ということだろうか。日銀のクオンツ専門家によると、単位根は稀に複数発生するそうで、ノイズ源が複数ある日銀はこの稀な例かもしれない。とにかくブラインダーは「中央銀行員は奇抜な考えに左右されず、ファンダメンタルズから目を離してはいけない」と忠告している。
 前置きがやや長くなったが、問題の日銀政策委の単位根(ノイズ源)たちである。彼・彼女らがノイズとなった理由は、①昨年末の段階で、先々の政策運営のあり方を特定のシナリオを前提に話し始めた ②しかも、話だけで終わらせ、投票行動を変えなかった ③この結果、マーケットから見ると、議事要旨の中で、特定できない「ある委員」が将来の政策論を語り、あたかも日銀執行部の意を受けて地均ししているように思えた-ということであろうか。
 速水体制下では、篠塚委員と中原(伸)委員が大勢とは異なった見解をそれぞれ主張していたが、それらが政策運営上のノイズと受け止められたことはあまりなかったように記憶する。これは、主張と同時に議案を提出し、それぞれ否決されることで大勢意見と峻別されていたからだと思う。従って、現在のノイズ源たる委員らは、①現状維持ではない政策論を持っているなら、語るだけでなく、投票行動を伴う必要がある ②また、先々のある特定の状況を念頭に置いた政策論であるなら、特定の状況が起こりうるかどうかの蓋然性はまず事務方と水面下で詰めるべきであり、よく分からぬうちに政策論として出すべきでない-と考えられる。「マーケットの馬車馬さん」が右でコメントされておられるように「そういうことはチラシの裏にでも書いてくれ」というわけだ。現に3月の資金不足の時は危機的ではあったが、当座預金残高の下限は維持できたし、6月の資金不足だって「乗り切れそうだ」との見方が強いのである。
 例えば、須田委員のように、量的緩和はプルーデンス対策と主張(私は個人的には噴飯物の理屈だと思っている)するなら、即刻ゼロ金利政策に戻ることを提案し、思いっきり否決されることが必要だ。そうすれば、特殊意見として大勢意見との切り離しが行われ、ノイズ化することはなくなる。福間委員も同様であり、水野委員も副作用を懸念するのであれば、納得のある説明を踏まえたうえで、独自の政策論を堂々と提案した方がいい。西村委員は「モルヒネ論」の具体的な説明を行ったうえで、モルヒネを止めるか止めないかの姿勢をいずれ鮮明にすることが求められると考えられる。
 あと残された課題は、執行部が政策委員会メンバーの言動に関与すべきかどうかであろう。いきなりセントラルバンカーになった方々が多いだけに、いろいろと面倒を見るべきとの意見もうなずけるし、一方では面倒を見る行為がメンバーにとっては統制行為と受け止められることもあるだろう。また、それなりの地位を経た方々であるから、ご自身の言動が影響を与え得るとの認識はあるはずであり、むしろ制御めいたことはしないのも一つの考えではある。結果として、現在の政策論議が迷走しているのは、執行部が政策委員会を最大限尊重しているからだとも受け止められる。私の目にはそれが作戦参謀(企画)の弱体化とも映るわけだが…。
 なお、これは秘密でも何でもないために披露するが、ブラインダーの名著を訳した一人が、現日銀金融調節担当総括(課長)であることを記しておきたい。何とも皮肉なめぐり合わせと言うべきか、金融政策の実践担当者として、理論の迷走をどう眺めておられるのか。立場上、言えないかもしれないが、聞いては見たいものである。
by bank.of.japan | 2005-05-24 21:19 | 日銀 | Comments(8)
Commented at 2005-05-24 21:35 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-05-24 21:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-05-24 21:59 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2005-05-25 06:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 素人 at 2005-05-25 13:14 x
こんなこと申し上げますとまた怒られるかもしれませんが、率直に申し上げます。今起きている不幸・災いは、「問題の日銀政策委の単位根(ノイズ源)たち」とのことですが、単にその任を得るだけの資格・見識を持たない方が就いてしまっている、というだけのことではないのですか。民間企業の取締役なら、即刻“その任にあらず”、となるだけのことと思いますが。。
Commented by レレレのレー at 2005-05-25 14:46 x
わざと見識を持たない方を就けて組織を混乱に陥れるという陰謀の匂いがしなくもありませんが... MoFの高笑いが聞こえてきそうです。
Commented by bank.of.japan at 2005-05-25 15:13 x
巷間囁かれるトロージャンホース説ですか…。
素人さん、それを言うと終わっちゃいますね。
Commented by 素人 at 2005-05-25 17:15 x
だからこそ、茶番だというんです。。「中央銀行は一国の良心たるべし」なんて言ってたのは遥か彼方のお話になってしまいましたね。審議委員はそもそもセントラルバンカーではないと言われれば、それこそそれまでですが・・・。
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