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通貨発行益(シニョリッジ)をめぐる勘違い
 しばらく前、ある本の書評を頼まれた。かなり興味深い内容だったが、「一万円の原価は約20円。従って通貨発行益は原価を差し引いた9980円である」との部分があった。多分、勘違いだとは思うが、一万円の発行益が9980円と思っている人は意外に多い。私もその一人であったからだ。先日もある著名なエコノミストと通貨発行益の話をしていたら、「エーッ!、9980円じゃないの?、てっきりそうだと思っていた」と驚いていた。
 日銀のバランスシート(B/S)を大雑把にみると、負債側に銀行券、資産側に国債がある。日銀は銀行券の見合いで国債を保有しており、国債買いきりオペが銀行券見合いと位置付けられているのもそのため。銀行券は金利コストのない負債であり、見合った国債の利子収入が通貨発行益となる。一万円だと一万円相当の国債がある格好で、この国債が10年物だとした場合、長期金利1.2%で、単純計算すると年120円が発行益となる。
 20円の一万円とは、世の中に出回る前に日銀の金庫に眠っている20円のコストがかかった「紙切れ」を指す。これが世に出た瞬間、日銀は1万円の負債としてB/S上に計上するわけだ。なお細かい経理処理は私も良く知らない。
 以上の説明を行ったら、エコノミストの方も「確かにちゃんと70兆円規模の銀行券が負債にあるねえ。通貨発行益との関係でB/Sを見たことなかったから、うっかりしていた」と納得。私も日銀の知り合いに教えてもらったときは、目からうろこ、の状態であったが。
 ところで、カタカナ表記は、シニョリッジ、シニョレッジ、シーニョリッジのどれがしっくりくるだろうか。ちなみに最後のは日銀が使ったもの。セニョリッジもありかなあ、ちょっと変か、やっぱり。
by bank.of.japan | 2005-05-01 23:32 | 日銀 | Comments(20)
Commented at 2005-05-01 23:57 x
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Commented by 会計マニア at 2005-05-02 01:03 x
この2つの発行益の定義は,実は全く同じことです.発行益をどのタイミングで認識するかという,会計手法の違いだけです.日銀は,国債の満期まで認識を繰り延べていることになります.ちなみに政府貨幣(コイン等)は,発行した瞬間に益を認識しています.
「日銀の知り合い」の理解もあまり深くないようですね.
Commented by 裏ドラ at 2005-05-02 08:14 x
本石町日記氏のエントリーでナルホドと思った後に会計マニアさまの説明で「そういえばそうですね」という感じで、恥ずかしながら何となく判ったような判らないような話なので、仕訳を使ってご教示いただけるとありがたいのですが。>会計マニア様
Commented at 2005-05-02 11:55 x
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Commented by bank.of.japan at 2005-05-02 13:26
会計マニアさん、ご指摘ありがとうございます。会計手法の違いだとは私も最初は思ったのですが、経済的な観点として、銀行券の負債としての特性(永久負債的で、“満期”の特定が難しい)をどう考えるべきか悩むところです。例として資産側に10年物国債を想定しましたが、日銀はロールオーバーを繰り返して(以前は10年物へ再乗換え、今は短期国債に乗り換え)おりまして。日本人の現金好きが恒久的だとすると、発行益を期間を区切って認識するのは難しいような気がしています。銀行券の一定残高がコアとして恒久的に存在すると、発行益は9980円を軽く上回っていく可能性もあるのではないかなあ、と想像しているのですが…。
Commented by 会計マニア at 2005-05-02 15:56 x
ポイントは,仕訳よりも,「国債から得られるキャッシュフローの現在価値は現在の国債の資産価値に等しい」というところです.その現在価値を,現在一度に全て収益として認識するか,利子が上がるにつれて認識するかという違いです.前者が政府貨幣の手法,後者が日銀券の手法になります.
Commented by レレレのレー at 2005-05-02 21:23 x
会計マニアさんのご指摘について素朴な疑問を持ちました。日銀の負債調達コストは、日銀券の製造コストを無視すればゼロ%と看做して差し支えないでしょうから、ディスカウント・ファクターは常に1です。したがって、クーポン1.2%の10年国債1万円分の10年間のキャッシュフローの現在価値は合計1200円、日銀券の製造コスト20円を差っ引けばシニョリッジは10年で1180円の筈です。
確かに、硬貨の場合は日銀が全額引受けますから、製造コストと額面の差額は政府のフトコロにシニョリッジとして転がり込みます。
しかし、日銀券は、対価となる10年国債が10年後に(実際は短期国債に乗換えるでしょうから、11年ないし12年後に)現金償還されても、それはシニョリッジではないと思います。というのも、国債が現金償還となった時点で、日銀のB/Sの負債サイドの政府預金が償還額と同額減りますが、減った部分は日銀の資本勘定が同額増えることでバランスする訳ではない筈です。 (続く)
Commented by レレレのレー at 2005-05-02 21:24 x
実際には、資産サイド(恐らく、買入手形や買現先勘定のような短期資産が減ることでバランスすると思います。また、日銀のB/Sの資産サイドには4/20時点で約65兆円の中長期国債があって、平均デュレーションはたかだか4年程度でしょうから、会計マニアさんのご指摘通りだと、約65兆円のシニョリッジがたった4年で実現してしまいます。しかし、現実には、日銀の政府への上納金はそんな途方も無い金額ではありません。
あるいは、本石町日記さんのご指摘のように、現金償還されてもまた新たな国債の買い入れに回されるので、永久債のように実は永遠に償還されない、と考えれば、政府が自国通貨建債務をデフォルトしない限り、いつかは9980円を超えていくようにも思えるのですが、いかがでしょう?
素人の質問ですみません。
Commented at 2005-05-02 22:44 x
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Commented by 会計マニア at 2005-05-03 00:43 x
ポイントは,日銀券発行の時点で,日銀がそれと同額の経済価値を(国債の形で)保有するということです.その経済価値を,どの時点でどの会計科目に割り振るかは技術論です.シニョレッジの定義次第で,望ましい会計手法はいかようにでも変わります.ロジックを逆の方向にして,「日銀が,こう計上している.日銀はここでは資本を動かしていない」という事実から出発してシニョレッジを定義するのは,日銀の論理に乗っかってしまってシニョレッジを定義していることに留意してください.日銀とは別の考えでシニョレッジの定義をすれば,日銀とは別の手法(例えば政府貨幣の手法や,償還のCFも収益に含めてしまう手法)も十分考えられます.レレレのレーさんの指摘などは,例えば「日銀の自己資本比率をどう考えるか」という論争とも関わると思います.こうした会計上の数字に,どの程度の意味を見出すかというissueは,ここで話されているのと同じ問題です.
Commented at 2005-05-03 10:47 x
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Commented by bank.of.japan at 2005-05-04 00:24
会計マニアさん、いろいろご指摘ありがとうございます。シニョリッジの定義によって会計処理の在り方が変わるというのは分かります。残念ながら、私の頭では日銀が現在やっている以外の処理法でもっと望ましいものがあるのか思いつきません。会計マニアさんとしては別の望ましい発行益の定義、それに見合った会計処理法について、何がご意見お持ちでしょうか。ご教授頂ければ幸いですが…
Commented by ラスト何マイル? at 2005-05-04 00:59 x
会計マニアさんのご意見は大変良く分かりましたが、そもそも本石町日記さんのエントリーは、「シニョリッジ=9980円」が(現在価値としてではなく)絶対的な金額として書かれていることに違和感を感じられたということなのでしょうから、敢えて突っ込みを入れられる必要も無かったのではないでしょうか?

ところで、中銀の経費は何らかの形で賄われなければならず、それを直接的には財政から切り離そうとするのであれば、中銀に無利息の負債と有利息の資産を保有させ、まずは、そこから生まれる安定したアガリで食い扶持を稼がせるというのが、国際的にも一般的な考え方なのだと勝手に思い込んでいたのですが、そうではありませんか?(因みに、この観点からは、銀行券発行も準備預金賦課も同じ機能と言えると思います。)例えば、主要国の中銀で、「シニョリッジ=9980円」式の会計処理を行っているところってあるのですか?
Commented by うお at 2005-05-04 04:30 x
『金融研究』第23巻法律特集号 (2004年8月発行)、に各国事情なども含めて通貨発行益に関する簡単なまとめがありますね。思わず全部読んでしまいました(こういうブログページで、あの資料がいい、この資料がいい、などと言い出したらキリがないので、もしご迷惑だったらすいません)。

ところで、番つきの記者さんなどは、日銀の公表リサーチなどを、どの程度フォローされているのでしょうか? もちろん個人差もあるとは思うのですが、金融研究は玄人向けだけど、局名論文などは最低限目を通しておかないと取材活動に支障が出る、とかあるのでしょうか? 変な興味ですいません。
Commented by bank.of.japan at 2005-05-04 21:16 x
うおさん、どうもです。その資料の存在、知りませんでした。さっそく見たいと思います。貴重な情報、ありがとうございました。公表論文・リサーチのフォローは恐らくそれほどなされていない、と思います。いわゆるマスコミベースの取材ではそこまでの専門性は要求されていないもので。マメに目を通す記者がいるとするなら、余程勉強熱心か個人的に興味があるという理由からでしょう。新聞・テレビが想定するネタとしては、論文・リサーチは専門的に過ぎる面があります。私もたまにピックアップする程度で、論文に目を通さないと取材活動に支障が出る、ということはないと思います。
Commented by レレレのレー at 2005-05-04 21:57 x
ありがとうございます。やはり私には「シニョリッジ=9980円」式の会計は理解できません。主要国の中銀もそのような収益認識をしていない筈です。
ところで、シニョレッジの語源はフランス語の「君主(Seigneur)」だそうです。通貨発行権は君主固有の権利であったからと思われます。ただし、droit de seigneur(君主の権利)には、「初夜権」という裏の意味もあるようです。あまり歴史に詳しくないのですが、中世の君主は領民の初夜の営みを召し上げる権利があったそうです。お粗末さまでした。
Commented by 会計マニア at 2005-05-06 00:34 x
私のGWはほぼ終わりました.
レレレのレーさん,コメントありがとうございます.また,うおさんの資料も大変参考になりました.
レレレのレーさんの疑問には以下の資料の6ページ後半が参考になるかと思います.
http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/ron086.pdf
「シニョリッジ=9980円」式は現金主義と説明されています.政府の予算・決算は現金主義なので,コインに「シニョリッジ=9980円」式を使う理由もうなづけます.
またそれぞれの仕訳ですが,まず現行の方式では以下のようになっていると思います.
当座預金(負債の減(BS))/銀行券(負債の増(BS))
借り方に立つのは,国債の増ではないと思います.通常銀行券の発行は,銀行の当座預金減と引き換えですので.
仮に現金主義を採用した場合は以下のようになるかと思います.
当座預金(負債の減(BS))/銀行券売却収益(IS)
つまり,負債側には銀行券が立たなくなります.またこの場合,銀行券が還流するたびにに,逆の仕訳をして利益を減らさなくてはならなくなるとも思います.
Commented by kanconsulting at 2005-05-21 14:15
こんにちわ。シニョレッジもしくはシニョリッジというのはよく聞きますね。一度「セイニアリッジ」という表記を見て、理解するのに時間がかかったことを覚えています。
ちなみにUSダラーは、連邦中央銀行という非公的機関が、受け入れたアメリカ国債と引き換えに発行する、「連邦準備紙幣」です。US国債の信用において通貨を発行しており、受け入れたUS国債の利子は、すべて連邦銀行に吸収される。アメリカ国民の税金が、連銀を通じてその株主に還流していることになるというのが面白いところですね。
(http://gijutsu.exblog.jp/849673/)
皆様には及びませんが、日銀における資産と負債の関係について、駄文を書いています。(http://f47.aaa.livedoor.jp/~gijutsu/bs.html)
Commented by Yasu at 2005-09-04 00:53 x
2005/02/13  シニョリッジ(通貨発行益)に関するガセビア
この十年来デフレーションが続いているわけで、その意味では、政府は通貨発行によってぜんぜん儲かっていないということになりますね。
Commented by bank.of.japan at 2005-09-04 09:48 x
Yasuさん、古いエントリーへのコメント(orTB)ありがとうございます。yasuさんの記事、興味深く拝見させていただきました。今後ともよろしくお願いします。
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