<   2006年 10月 ( 23 )   > この月の画像一覧
「展望リポート」、変わらないのは相対的に後退?=ヘッジが目立つのは高等戦術かも
 展望リポートが出た。前回をコピー&ペーストした内容だろうと予想しており、ほぼそれに近い感じであった。福井総裁の会見内容から発言を拾うと「われわれは意外に慎重であり、4月と変わらないとの見方は正解である」に尽きるであろう。ただ、本来は時間経過に伴って景気拡大を背景にインフレ期待が強まるはず。逆説的には、時間経過してもインフレ期待が高まらず、追加利上げに向けて前傾できないのは政策スタンスが相対的に後退した印象を受ける。
 それと、中長期のリスク分析である「第二の柱」において「下振れのケースとして、景気拡大や物価の上昇が足踏みするような局面も考えられる」というのが唐突に入ったのが目を引いた。最近の景気情勢から「足踏み=軽度の踊り場」のリスクが意識されるので、ヘッジを掛けたのだろうか。さらに、物価上昇率の先行きについて、「第1に、需給ギャップに対する物価の感応度に不確実がある」といきなり言い切ったのはちょっと驚き。もともと感応度は弱いとの見方が一般的で、今ごろ言うなよ、と思った。「景気拡大の長期化にも関わらず、生産性の上昇が継続し、賃金の上昇が遅れる場合には物価が上昇しにくい状態が続くことも考えられる」というわけだが、今がそうなのではないか。これもヘッジだね。
 ヘッジが目立つのは、振り返ってみて見通しが適切であったことを証明するための日銀文学であるが、4月時点では予想しなかったネガティブな事象が起きる(起きつつある)ことでもある。シナリオがやや弱気に振れている感が強い。もっとも、物価が上がりにくいのも景気拡大が足踏みになるのも想定済みの事態ということにして、あくまでも将来の追加利上げの可能性は堅持し続ける、という作戦が念頭にあるのだろうか。だとすると、かなりの高等戦術である。作戦参謀、考えましたね。確かに追加利上げの可能性を捨て去ると、日銀の負け確定だし。

なお、展望リポートの文章量が減った。一ページ分少ない。これは説明にこだわる白川理事が去ったことが一番の要因ではないかと思った。日銀マン&ウーマン、そうでしょ?
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-31 21:35 | 日銀 | Comments(8)
生産性上昇の理想と現実=日経新聞が伝えた「光と影」
 日経新聞一面トップに、生産性上昇の必要性を訴える記事が掲載されていた。詳しくはご覧になって頂くとして、私の読み方が悪かったのか、見出しにあった生産性上昇の源泉が何なのか、今ひとつ分からなかった。手元に現物がないので、記憶を頼りに書いてしまうが、生産性上昇をもたらす事例として、主婦のネットを通じたプラント設計受注、地方の建築会社の農業進出などが紹介されていたと思う。
 プラント設計をネットで請け負うにはもともと途方もない知識が必要であり、なかなか一般には真似ができない(むしろネットトレーダーの方が近道)。農業も、以前のエントリーで多くの方がコメントされたように、狭い国土では穀物系の生産性上昇は難しく、結果的に付加価値の高い農産物に取り組むしかないが、そのためには高い農業知識が必要で、簡単ではない。
 生産性の上昇は理想論としては正しく、そうなればいいとは私も思うのだが、心配なのは得てして労働者個人に皺寄せがいってしまうことだ。同じ日経新聞の社会面見開きの右上コラムにサラリーマンの過酷な労働実態が紹介されていた。生産性上昇を企業に置き換えれば、収益率の向上であろう。無駄を省き、やり方を変え、一人の労働時間が一定の状態で、収益性が向上すればいいが、現実にはコラムにあったようにサービス残業の増大という個人の犠牲に成り立つ事例が多いのではないだろうか。
 たまたまであるが、コラムの事例と同様、私の親戚も外食産業の店長を勤めている。休みは滅多にない。もともとスポーツで鍛えた人間であるが、過酷な労働からか体調も悪いようであり、いつまで体が持つのか心配である。私は「生産性の上昇」と聞くと、給料一定のままよりたくさん働かせる、正社員の仕事を非正規雇用に振り向ける、下請けに皺寄せさせる、といったことを想像してしまう。そして、恐らくはこういった事象の積み重ねがマクロ的には労働分配率の低下(一見すると生産性の上昇)になっているのではないかと思う。
 ULC(ユニットレーバーコスト)の低下は、貧乏暇なし、ないしはユニットライフコスト(単位人命経費)の低下と思えて仕方ない。一面トップと社会面のコラム。取り上げ方は逆ではないかという印象である。

 47thさんから頂いたコメントで「(日本人の評価軸は)「『他人と違うやり方で結果を出す』よりも『他人と同じやり方で同じ程度(か僅かに上回る)結果を出す』方が高い評価を得られることがあるんではないかという気がします」というのがあった。やり方を抜本的に見直し、労働条件一定の下で収益を上げる(生産性の上昇)ならいいが、日本人は「額に汗して」の勤労精神の下、生活を犠牲にして労働に打ち込み、そして結果を出す方法を好みがちである。自殺者数が高水準で推移しているのが一つの証拠かもしれない。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-31 00:48 | 経済 | Comments(13)
ブログに見る対日経済観=「ぱっとしない中堅メーカー」論
 高値更新のNYダウに対し、冴えない動きを見せる東証株価を眺め、 「Economics、Technology & Media」さんの『日本株に対する一般的な見方・・・?』を思い起こしてしまった。詳しくは、エントリーをご覧になって頂くとして、私の日本経済に対する悲観論の裏返しの見方が海外投資家から示されていると思った。もちろん、海外投資家の対日経済観は様々だろうが、「日本はぱっとしない」はそれなりに支持される有力な見方なのかもしれない。
 日本経済の行方が懸念されるのは、①しょせんは外需主導である②一方で内需が弱い③従って海外が減速すると自動的に景気は悪くなる-とみられるため。
 Economics、Technology & Mediaさんのエントリーからファンド関係者の見方を紹介すると、Jain氏「最も悲観しているのは日本だ。改革は話は多いが、実際に達成されたことははるかに少ない。日本は依然として極めてシクリカルな市場だ」、Maisonneuve氏「日本をアンダーウェイトしている。持続可能な競争優位を持っていて、PEGレシオの低い会社を見つけるのは至難の業だ。市場を失速させているのは政治的な要因と、グローバルな経済サイクルへの依存度が高いという点だ。グローバルな減速においては、サイクルに対して最も依存度の高い国が最大の影響を被るのは当たり前だ」。
 特に最後の太字部分は、こちらの悲観論を声高に言われてしまった分だけ耳が痛い。ぱっとしない中堅メーカー(ただし規模はでかい)が需要減退のあおりを喰らってヘタっていく。日本経済のそんな姿は、まあ私としては予想しつつも、そうはなって欲しくない気持ちあり、何となく気分は暗くなるわけだ。
 Economics、Technology & Mediaさんは暗くなる気持ちのトドメとして、「ふぉーりん・あとにー」さんの『日本が遠い国に見える瞬間(その2)』を紹介されていたが、コロンビア大学のワインシュタイン教授が「博士を増やせ」と言いたくなるのも無理はないのかもしれない。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-27 20:57 | 日銀 | Comments(15)
日銀の最新ドクター(博士号)事情は…=ブログ版プチ茶話会
 コロンビア大学のワインシュタイン教授が唱えた政府・日銀の博士号増員論の関連続報として、日銀の最新ドクター事情を分かった範囲で取り上げてみたい。日銀を志望する学生さんでドクターを目指す方がいらっしゃれば、参考になれば幸いだ(参考にならないかもしれないが・笑)。一応、ブログ版プチ茶話会(注)のつもりである。
 まず、日銀内では同教授の博士増員論について、「コロンビア大学のビジネス上のメリットになるからではないか」、「日経に書かされたのでは」といった感想が聞かれた。私も前者のケースはあり得るかな、と思ったが、コロンビア留学経験のある幹部(5、6年前から幹部クラスで実施・そうそうたる顔ぶれである)によると、「ワインシュタイン教授は本気で博士を増やすべきだと考えている」のだそうだ。ご参考まで。
 では、最新事情である。注意点だが、日銀は特にドクター名簿とか出していない、恐らくはそういうものは人事局の内部資料はともかく存在しないのだろう。従って、日銀マンの多くも誰がドクターかは正確には把握していない。以下のまとめも、ヒアリングを通じた大雑把なものであることを了解して頂きたい。ただ、私もまとめるのは初めてで、これが初出の記事である。
ドクターの年代分布 入行年次で昭和40、50年代はぽつぽつと存在する程度であった。過去形なのは、退任・退職等で現時点ではどうもいないようであるため。49年は前原氏や翁氏らがいたが、最近退任したばかり。50年年代半ばでは山川氏がいたが、大分前に退職してゴールドマンサックス入りした。聞いた限り両年代では現存しない感じだ(いたらご指摘を)。
 昭和60年代・平成以降はドクター取得に力が入れられ、毎年次1人はドクターを養成する状況にあるようだ。ただ、取得後に辞めた例もあるようで、ドクター総数は10数人とみられる。つまり、年代的には40歳以下にドクターが多いわけだ。私が知るドクターは3-4人。ただし、本人に確かめていない。
ドクター取得の期間 目標は3年程度のようだ。明示的なものかどうかは不明。聞いた話では、一般的に3年-3年半程度での取得は超難しく、最速ペースで取得する向きが多いのかもしれない。逆説的には、最速で取れる人材をドクターにしている、と考えられる。
潜在的なドクター希望 かなりいるように思える。MBAは毎年次3-4人生まれている模様で、このうち多くが希望を抱いている可能性はある。中には、ドクターになりたいために日銀を辞めた若手の例もある、と聞く。一般的に海外留学は2年で、プラス1年やるからドクターを取れ、という感じらしい。プラス2年で希望者を募るとドクター倍増は可能かも。

事実と異なるところ、または補足などあればご指摘ください。助かります。

茶話(さわ)会 日銀(官庁)志望者が先輩の話を聞く会。学生(東大?)用語。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-26 19:54 | 日銀 | Comments(9)
カトー氏、再び登場=景況感は共有します
 大機小機にカトー氏が再び登場。私はリフレ派ではないが、氏の景況感には共有するところ大である。特に「いざなぎ超え」に関して、そもそも回復の実感が乏しいことはもとより、「長く続いているがゆえに、景気は下落に転じる恐れがますます強まっている」という指摘は循環的にも十分にあり得るリスクではないかと思う。
 貸出の側面から見ても、景気回復がバランスがいいようには見えない。間接金融は、不動産関連を除けば資金需要に乏しく、需要はあっても後ろ向きであり、地方金融機関のかなりが宿命のように「アウトライヤー路線」を受け入れている。
 これは、景気の良い製造業はキャッシュリッチなために間接金融(銀行群)への依存が乏しいためで、結果として地方金融機関を中心に国債運用に傾斜(金利リスクを取る)するしかない状況を示す。利上げは間接金融を通じてマクロ経済に波及するが、肝心の間接金融に景気回復の恩恵が及んでおらず、預貸利ザヤの圧迫を招いている面がある。間接金融に資金需要をもたらしていない景気回復はどこかいびつであり、利上げは整合的に見えない。
 未確認ではあるが、業績が良いのに、従業員の業績連動報酬を縮小する企業もあるやに聞く。ダム論に例えると、下流に流れるはずの水がダムに逆流している構図である。私は景気は下降しても(米国次第だが)深刻なリセッションに陥るとは思っていないが、日銀の責任が十分に問われる程度の後退局面(or重めの踊り場)のリスクはあると懸念している。
 日銀的には、量的緩和の解除、0.25%の利上げはマクロ的にはほとんど影響のない“引き締め”であり、私もそう思うが、結果的に後退局面に入る前という「間の悪さ」は、それだけで責任を問われる。それぐらいは日銀も承知して解除に踏み切っている。現状、景気は循環的に下降しても、責任を問われない程度の軽い軽い踊り場にとどまるのを祈るしかない。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-25 22:10 | 経済 | Comments(0)
100円時計で考える「代替バイアス」=体感物価は凄いデフレ?
 昨日のエントリーではワインシュタイン教授の博士号増加論に焦点を当てたが、実は同教授が触れていた「代替バイアス」も気になっていた。物価動向を身近な例で考えた場合、代替バイアスが滅茶苦茶大きいことがあるからだ。害債さんもコメントで触れていたので、ちょうどいい機会なので取り上げてみたい。
 金融市場ではCPIショックを受けて消費者物価指数の上方バイアスが話題になったが、身近な消費行動に照らすと実は半端ではない上方バイアスが存在する(体感物価は凄いデフレ)のではないかと私は思っている。統計学的には私が言うことは与太話かもしれないが、指数で見る物価と個人が体感する物価の違いは相当に大きいと思う。
 しばらく前、仕事上の必需品かつ愛用の電波時計(ソーラー式)が壊れた。アウトレット物(1万数千円)だが、買い替えは痛い出費である。数千円の修理代でも直して使おうかなと思い、つなぎのために100円ショップの時計を買った。これが意外に使えるのである。見た目も悪くない。うちの子どもに「いくらだと思うか」と聞いたら、「3000円!」との答えであった(笑)。
 その後、電波時計の故障は製造上の不良が原因であることが判明し、無償修理という奇跡が起きた(ラッキー!)。これにより100円時計は予備役となったが、私としては使い続けてもいいと思った。もし無償修理でなかったなら、1万数千円の時計は100円時計に置き換わっていた公算が大きい。この場合の代替バイアスは凄まじい。また、これに限らず、私は100円ショップを愛用している。ハサミ、定規、本立、ハンガー、自転車のチェーンetc。時計ほどではないが、身の回りでは激しい代替バイアスが起きている。ユニクロでもセール品の購入が多い。
 消費者物価統計は一物一価であり、特売品は捕捉しない。100円ショップが入っているのか知らないが、多分入っていないのだろう。多くの人がセールに見向きもせず、100円ショップに行かなければ物価統計は実態に近いのだろう。だが、地元の特売専門スーパーはやたら込んでいるし、物価統計の上方バイアスは相当に大きいというのが実感である。もちろん、特売品や100円ショップの影響はじわじわ波及したのだろうが、人々の消費行動に基づく物価動向は統計よりかなり激しいデフレを示していたのではないだろうか。
 確か1990年代の初めだったと記憶するが、イングランド銀行が四季報で「日本の消費者物価は広範囲なディスカウントの動きをカバーしておらず、実勢物価をかなり過大評価し、日本の実質金利は高い」と分析したことがある(手元に資料なく、詳細は不明)。
 もちろん、ディスカウントを統計に取り込むのは技術的に難しい。何かがセール対象となっても、全国民がそのセール品に依存するわけではない。統計上、私のようなバーゲンハンターは異常値として除外するしかないのは分かるが、消費最前線はデフレ的様相が続いている気がしてならない。
 今年7月のエントリーで、花王社長の発言を紹介した。「家庭用品分野では今もデフレが続いており、収益環境は厳しい」、「デフレが終わったとの認識で金融政策(ゼロ金利解除)が実施されるタイミングなのか」-。ダム論が思うように働かない中、追加利上げできる状況なのか。私は心配である。

 
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-24 21:13 | 経済 | Comments(17)
政府・日銀職員に「博士号」を増やせば経済は繁栄するか
 資金需要判断が悪化した「貸出動向アンケート調査」を取り上げようかと思ったが、日経「経済教室」も面白かったので、それにしたい。コロンビア大学のワインシュタイン教授が、政府(経済官庁)・日銀には専門家が非常に少ない、つまり「無知な官僚」ばかりであるので経済判断を誤るリスクがある、従って経済学や統計学の博士号を大量に増やすべきだと主張していた。
 誤差を含むCPIが作成されるのは総務省に博士号クラスの高度な統計専門家がいない、誤差のあるCPIに量的緩和をペッグした日銀にも博士が少なく、間違った統計をベースに早過ぎる量的緩和の解除をしてしまった。統計を作る方も、それを参考に金融政策を運営する方も、専門家が少ない(素人集団?)ので、安倍政権として最も有効な経済政策は「数百人の(博士号クラスの)経済学者や統計学専門家を雇うことかもしれない」と結んでいる。
 うーん、どうしたものか。まず①統計は誤差が少ない方がいい②誤差を少なくするために博士号が必要なら、そうした方がいい-と思う。では、日米経済官庁の比較において、わが国の方が博士号クラスの専門家が圧倒的に少ないことは致命的なダメージになるのか。ちなみにFRBはバーナンキ議長は高名な学者で、スタッフに数百人の博士号を抱え、数千人の統計学専門家が処理した情報を分析している、という。これに対し、日銀の博士号は恐ろしく少なく、統計専門家も乏しい。経済官庁は押して知るべし、である。
 戦後の日本経済は博士号は不足していたが、長らく高度成長を続けた。躓いたのはバブル崩壊以降であり、政府・日銀に博士号がたくさんいたらバブル崩壊が防げたかは何ともいえない。バブル崩壊の痛手は大きかったが、世界経済を巻き込むクラッシュは避けられたし、ジャパンパッシングとか言われるけれど、まあ経済大国としての地位は維持している。そんなにひどい状況というわけでもない。
 これも日米風土の違いであろうと思う。数百人の博士号を政府・日銀に投入する場合、そもそも政府、または国会(政治家)がそれが重要だと判断しないと実現しない。強引に博士を増やしてもいいが、博士らの判断を軽視するガバナンスでは何の意味もない。潜在能力からいけば、博士号が取れる人材は政府・日銀には多いと思う。日銀にしろ単に博士号を取らせる人的な余裕がないだけで、例えば海外留学をさらに2年延長し、4年以内の博士号取得を至上命題とすれば現状の数倍が博士号を取れるのではないだろうか。
 結論から言えば、博士号の投入論を説いても不毛であり、博士号クラスの専門家の意見を尊重する風土かどうかが問題なのであろう。尊重する風土でなければ、博士号取得にインセンティブが発生せず、純粋に学者志向の人しか博士号を目指さない。個人的には、もう少し専門家志向が強い風土になって欲しいと思うが、これも難しいかもしれない。
 なお、日銀職員の博士号を増やしたにしても、政策委員会は今のままでいいのだろうか。ワインシュタイン教授がガバナンス面にも切り込んでいれば説得力は増したのではないかという印象を持った。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-23 22:17 | 日銀 | Comments(11)
さくらリポートに見る貸出事情=後ろ向きの資金需要と金利ダンピング
 総じて明るい色調(桜色)になった日銀「さくらリポート」(地域経済報告)だが、貸出事情はまだ冴えない。相変らず地公体向けや住宅ローンを挙げる地域が目立ち、景気拡大・企業部門のの資金需要増大という感じは受けない。むしろ、全般的な資金需要の弱さを象徴する金利ダンピング、資金需要が発生しても、その中味は“後ろ向き”というまずい動きも報告されている。色調の明るさには違和感のあるリポートだが、憂慮すべき事象を盛り込んだのは評価したい。
 中小企業の資金需要動向について、同リポートは「全体としては増加基調」としている。ただ、運転資金需要の増加については「原材料価格が上昇する一方、販売価格への転嫁が進まないため、足元の運転資金需要が増加するという後ろ向きの動きもみられる」という。地域としては、大阪、神戸、高松、松山、高知、北九州、鹿児島などで、かなり広範囲で後ろ向きの資金需要が発生しているのがうかがえる。
 後ろ向きの資金需要とは、利益が減少して支払いが苦しくなり、借り入れを増やすこと。簡単に言えば、財務内容の悪化である。後ろ向きの貸出が増えているとき、それを景気回復を裏付ける材料の一つと錯覚して利上げすると、後ろ向きの借り入れを増やした中小企業は打撃を受ける。貸出は増加基調とは言え、後ろ向き・前向の見極めが必要と思われる。鮫島“ダンディ”正大・大阪支店長は「個人的には前向きが多いと思う」と言うが、どうだろう。
 もう一つの注目点は、利上げ後の「貸出金利の引き上げが小幅にとどまった」こと。まあ、これは十分に予想されたことだが、私が密かに期待していた動きがやっぱりあった。「(中小企業の一部は)一段と低い貸出金利を提示する金融機関からの借り入れ比率を引き上げる動きもみられた」そうだ。地域は、京都、長崎、熊本など。日銀が利上げしようと、資金需給の低迷に応じて一段と低い金利を提示した金融機関はエライと思う。
 極端に低い預貸利ザヤはわが国金融システムの本質的な問題だとは思うが、それ自体は金融機関の投融資行動の問題というよりも、資金需要が弱い、オーバーバンキングにある、という経済&構造問題によるところが大きい。
 みずほ証券のチーフストラテジスト、高田創さんが邦銀融資行動を「南極の氷売り」と絶妙の表現をしていた。氷がたくさんあるところで氷を売る、すると氷の価格(金利)は下がる、わけだ。高田氏はだから工夫を凝らして南極でも高く売れる氷を売れ、と言いたいわけだが、私は氷は氷でしかない、と思っているので、価格を下げて売るのは正しい。
 京都、長崎、熊本で低利融資の攻勢をかけた金融機関は是非「氷売り」の全国展開をして頂きたい。なぜなら、日銀利上げに便乗する貸出金利引き上げよりも、貸出需要の弱さに応じて一段と低い金利を提示する方がファンダメンタルズに合っているように見えるからだ。そうした行為は、景気回復を実感できず、しかも金利債務を背負った企業・家計(私も)にとっては、日銀利上げの悪影響に対する防波堤となろう。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-20 21:52 | 日銀 | Comments(15)
噂の真相=尾ひれの付き方は複雑性
 昨日、今日と金融市場では、日銀追加利上げをめぐって様々な噂が飛び交ったようだ。そのうちの幾つかについては私のところにも知り合いの市場関係者から問い合わせがあり、明確に否定できるものは否定した。「噂(ルーマー)」は得てして根拠に乏しく、ちょっとした出来事に想像が重なり、人から人に伝えられる間に様々な尾ひれが付く。恐らくは一つの噂であったのに、それに様々な尾ひれが就くことで噂は複雑性の様相を呈し、微妙にバージョンが異なる「噂」が複数流通する、ということもある。昨日、今日はまさにそんな噂が出回った日であった。
 飛び交った噂を羅列してみようと思ったが、止めた。なぜなら、書いたことが次の噂のネタ元となり、根拠なき噂を再生産するメカニズムを作りかねないためだ。昔、為替の取材をしていたとき、ある推測を知り合いのディーラーに話してみた。彼はいたく気に入ってくれ、それを別の誰かに話したのだろう。いつしか、私の「推測」は様々な尾ひれをまといつつ一人歩きし、それと気づかぬ私はその噂を追跡取材するという間抜けな事態になったことがある。
 ただ、噂の一つだけは、日銀の業務運営上はあり得ないことなので、現場関係者の濡れ衣を晴らすためにも紹介したいと思う。それは「日銀が12月に利上げしても年末の資金繰りが大丈夫かどうかメガバンクにヒアリングした」というもの。業務上、資金繰りのヒアリングをするのは金融機構局である。ヒアリング担当は業態別に分かれているので、この噂の場合は「大手銀行担当(大手銀行等のオフサイトモニタリングを行う)」(昔の資金一係ですね)となる。
 まず、「12月に利上げする」ということは、政策委にも分からない。企画局もそうだ。金融機構局はそもそも金融政策から遮断されており、何も知らない。「大手銀行担当」は金融政策を知らない局の一部に過ぎず、彼(or彼女)らの金融政策との距離感は「日銀北門前の通行人」と同じであると言ってよい(怒らないでね、担当者さん)。
 従って、われわれ一般人と同じぐらい金融政策を知り得る立場にない金融機構局大手銀行担当者らが、メガバンクに利上げを前提にした資金繰り(しかも年末という先の話)をヒアリングするのはあり得ない、わけだ。それにメガバンクは資金の出し手であるので、資金繰りを心配される存在でもない。なお、一応噂の真偽を確認するため、メガの資金担当者や金融機構の担当に確認したが、両者とも噂の珍妙さにバカ受けであった。
 金先などロングがたまり、為替も円安ポジションが多く、全般に何かをきっかけに調整しやすい地合いであったところに、追加利上げ絡みの噂が調整の引き金を引いたというこであろうか。それにしても、円キャリー絡みの話はさすがに日経新聞、同金融新聞が書くと影響力でかいですね(念のため、私と日経の間には何の連携もないです)。驚きましたです、ハイ。

ps これは特に為替市場を中心に広まった観測であろうが、主に円キャリートレード要因で日銀が利上げする、ということはない。これは以前のエントリーで紹介した「円キャリーバブル論」を唱えるJPモルガンの菅野さんですらも認めるところ。金融政策はやはり国内経済・物価情勢を対象に運営されるしかない。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-19 18:54 | マーケット | Comments(10)
「セントラルバンカーズ・ハイ」はあるのか
 三菱UFJ証券の市場リポートのタイトルが「クライマーズ・ハイかもしれない日米株式市場」となっていた(お借りします)。クライマーズ・ハイはご存知の通り横山秀夫氏の人気小説で、 しばらく前にNHKでドラマが再放送された(私はこれで見た。本は未読です。すいません)。クライミング中に興奮状態が極限まで達し、恐怖感が麻痺するのだが、興奮が解けると今度は恐怖感がぶり返し、体が身動きできなくなる、という危険な状態でもある。
 リポートのタイトルを見ながら、ふと金融政策運営でも該当する状態があるのかな、と思った。仮にあるとするなら、セントラルバンカーズ・ハイと言うべきなのだろう。状況としては、歴史的な政策転換、政府・与党の強い圧力を突っぱねるなどの場面で、精神的には相当な気合いを必要とするため、多かれ少なかれ彼(or彼女)らは興奮状態になりやすい。
 振り返ると、①量的緩和の包囲網を受け、これを突っぱねる声明を出した1999年9月21日②2000年8月のゼロ金利解除③そして今年の量的緩和の解除から利上げ、などが順キレ方向で「ハイ」な時期であった。①と②のハイは瞬間的であり、簡単に鎮圧されてしまった。ちなみに、緩和方向でもハイにはなるが、これは暗い逆ギレの「ハイ」であると思う。
 ③はどうであろう。量的緩和の解除前後、そして利上げまでは「セントラルバーズ・ハイ」が続き、その後動きが止まったかのような様子は「ハイ」が解かれたように見える。利上げで昂揚感がピークアウトし、CPIや機械受注のショック連発で景気腰折れの恐怖感から政策運営がフリーズした、というのなら典型的な「セントラルバーズ・ハイ」で、かなり面白い展開である。
 もっとも、実情はどうかと言えば、コメント欄で先に「ラスト何マイル?」に指摘されてしまったように、まあ自然体に近い状態であるように見える。つまらないですね…。

ps ちなみに日銀マンに「セントラルバーズ・ハイ」が起きる可能性を聞いたところ、「FRBのように利上げを淡々と続ける局面ではないか」という。中立金利に向けて小刻みに利上げする手法を取っていたら、日銀政策委は危険な「セントラルバーズ・ハイ」に罹ったかもしれない。そうしなくて良かったね。
[PR]
by bank.of.japan | 2006-10-18 19:30 | 日銀 | Comments(4)


無料アクセス解析