カテゴリ:金融システム( 44 )
郵政問題で思うこと=国内資金循環の観点から
 まず郵政問題(この場合は郵貯・簡保の金融事業)をどう考えるか。私はそれほど詳細にフォローしていないので、門外漢的な所見となるのはご容赦願いたいとして。実は、もし可能ならば国営状態のままリストラしていくのがいい、と思っていた。具体的には以下の理由による。
①民営化するにしても、あまりにもバランスシート、組織が巨大過ぎて、採算性の低さから自力で生きていけそうにない
②しかし、民営化された公社は倒産したくないから何でも金融事業をやりたがり、その一方で暗黙の政府保証をあてこむと予想される
③見出しにも入れたが、郵政が民営化されても、国内資金循環の構図、すなわち企業・家計が資金余剰で、政府が資金不足という状況に変化はなく、預金取り扱い金融機関(民営化された郵政含む)は、結局は多かれ少なかれ政府債務(国債や政府保証債、地方債など)を買うしかない
④同様の論点だが、政府に集まった預金を民間部門の投資に回す、というスローガンは理想論としては分かるが、民間部門に資金需要がない以上、空論めいた印象を受ける。民営化された郵政が強引に民間投融資をやろうとすると、民間金融機関との競合が激化し、投融資のダンピング合戦が起きかねない
⑤民間金融がこれからまともに市場原理を追求するなら、採算の取れない預金者は切り捨てるはず(小額預金は手数料徴収)。この結果、市場原理で弾かれ、預金口座を持てなくなった預金者を相手に、極限まで縮小した国営郵貯がサービスを提供すればいいのではないか。
以上の考えを郵政民営化に関わったある人にぶつけてみた。
その人いわく「国営だとリストラできない。だから民営化なんだ」という。
私の考えが、現実問題として空論なら仕方ない。民営化するしかないのだろう。その意味において、私は消極的民営化論者ということになる。しかし、あれだけの図体を受け入れる羽目になるインタバンク、金利市場、金融システムはこれから難儀である。願わくば、法案内容が「民営化」を機にまともになっていくことを期待したい。
このエントリー、書くかどうか迷ったが、資金は余ったところから不足のところに流れるしかない、という国内資金循環の現実を踏まえ、メモランダムとして残すことにした。
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by bank.of.japan | 2005-08-07 02:08 | 金融システム | Comments(7)
ケイマン向け与信、20兆円!=カリブ経済は絶好調?-BIS統計に見る邦銀資産の考察(訂正・追加あり)
 BIS国際与信統計の2005年3月末分が公表された。これは国内銀行のグローバルな与信(投融資=貸出だけではない)状況を国・地域別などでまとめたもの。この統計、個人的には好きだ。統計上の面白さというより、何か想像力をかきたてるところがあるからだ。子どものころ、世界地図が好きだった。地図を眺めながら、どんなところだろう、と想像したものだが、この与信統計も似たところがある。こんな地域になぜ邦銀のエクポージャーがあるのか、一体どんな金融取引に伴うものなのか、その様子を想像するのが楽しい(現実は想像するほどのことはないのかもしれないが)。
 従って、この統計で私が真っ先に見るのは、欧米を始めとする先進国向けではない。やはり想像して楽しいエキゾチックなところである。具体的には、まずはオフショア、その中でも「ケイマン諸島」である。カリブ海に浮かぶ世界的なリゾート島に対する投融資規模は「でかい」、しかも「淡々と増える」という特徴がある。機械的な増え方は日本とケイマンの間に尋常でない構造的な関係が構築されているように思う。
 ケイマン向けの与信額、手元の資料では2年前からの推移が把握できる。(単位、百万ドル)
2003年6月末  96,850  9月末 104,974 12月末 114,175
  04年3月末 125,564  6月末 137,118  9月末 160,357 12月末 181,497
  05年3月末 188,081  
直近は1880億8100万ドル。1ドル=110円で換算すると、20兆円強。過去2年間でほぼ倍増している。一地域への与信額としては、米国(425,915)に次ぐ規模で、ドイツ(68,498)、フランス(68,498)、英国(98,065)を大幅に上回る。なお、本統計上では、邦銀海外支店勘定分は除外されるため、同統計上で地域間比較を行うのは実情にそぐわない面もあるが、本店勘定におけるケイマン向けの突出ぶりはかなりのもの。この部分、訂正します。本支店合わせた連結ベースでした。
 与信=貸出としてみると、あたかも邦銀は国内では貸し渋り、ケイマンには大盤振る舞いしているかのようだ。だとすると、ケイマン経済が絶好調で旺盛な借り入れニーズが発生し、なぜか知らないが邦銀本店がダイレクトに地球の裏側に融資を実行している格好となってしまう。審査の大部隊がケイマンに常駐しているとは思えないのに、である。
 タネあかし(取材に基づく推測だが)すると、与信には投資(債券購入など)も含まれる。過去数年間、証券化に伴ってSPCがケイマンに多く設立されたが、これらSPC発行の証券を邦銀が購入すると、BIS統計上はケイマン向け与信として計上されてくる(のだろう)。ケイマン籍SPC発行の仕組み債を買っても同様。昔は不良債権の飛ばしが疑われたが、これはほとんどないだろう、と思われる。ケイマンに子会社を作り、そこに劣後債を買わせていた銀行もあったように記憶するが、商法違反に近い資本増強にオフショアを使う例もさすがにないと思う。
 なお、資産を流動化したり、流動化商品を買ったり、仕組み債を買ったりするのは、資産内容を良くしたい(良く見せたい)というインセンティブの表れであろう。ケイマン向け与信を「アセットロンダリング」と呼ぶのはダメですかねえ、ダメですかあ、やはり。クーポンは高いけど、危険な仕組み債買うぐらいなら、JGBがいいと思うのですが。ケイマン籍SPCの東京子会社に超低利のローン出す(この取引が統計で捕捉されるか微妙)ぐらいなら、スーパーロングのJGBを満期保有(非時価会計)する方がいいような。そこまでして融資実績作りたいのですかねえ。少なくとも証券会社や外資系証券のセールス(金法担当)の方々の努力の一端がこの統計に出ている、と私は見ているのだが…。どうでしょう、みなさん。

追記 対象としては「信託勘定」も含まれる、とのこと。ケイマン組成商品を組み込む投信を個人が購入すると、与信残高に寄与することになる。ケイマン向け与信における「信託勘定」の比率は相当規模あり、淡々と増えるのは投信絡みの要因と推測される。
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by bank.of.japan | 2005-07-25 20:56 | 金融システム | Comments(2)
西川、岡田両氏の退任=華麗なるALM、そして感慨
 4月19日、三井住友銀行の西川、岡田氏の退任会見があった。私にとって二人は、今でも住友銀行の西川氏、さくら銀行の岡田氏という印象が強く、1997-98年のインタバンク恐慌を経験した身としては、感慨深い会見であった。これまでを振り返った感想を聞かれた両氏。西川氏は「新任の方々の会見であり、回顧談をやると長くなる。遠慮したい」としながらも、最後に感想を聞かれ、「97年秋に三洋証券、山一証券、拓銀、翌年には長銀などが破たん。このときが一番緊張した時期だ。まさか自分のところがそうなるとは考えなかったが、周辺は厳しい状況であり、信用収縮が起きた。これが生涯で一番厳しいときだった」と語った。一方、岡田氏も「つらかったことはたくさんあった。どれが一番か分からないぐらいだ。ここで退任のあいさつをできるのが一番大きな思い出になるだろう」と述べていた。
 私の印象はあくまでもインタバンクからの視点なので、偏りがあるかもしれないが、両行ともALMでは“華麗”なる側面をみせてもらったと思っている。記憶がやや曖昧だが、西川氏は確か全銀協会長として2000年のゼロ金利解除が迫ったころ、「ALMの観点からは…」と銀行トップとして初めて「ALM」という言葉を使って、金融政策変更の可能性についてコメントした(どこまで把握しての発言かは不明ながら、利上げとALMを関連付けて大銀行のトップが語った例は他に記憶がない)。一方、さくら銀行は、流動性預金の根雪部分を長期負債と認識する「コア預金」概念を用いたALM、すなわちスワップレシーブの積み上げという技を見せてくれた。ある意味で、これしかないという収益確保をあそこまで潔くやったのは爽快ですらある。少なくとも90年代後半からは両行ともアプローチは違ったが、ALMを最も駆使するコンビであり、統合後も受け継がれたのは言うまでもない。
 なお、ALM運営の把握は基本的にはマーケット観察とヘッジ会計の分析以外に手はなく、上記はあくまでも推測であることを付け加えておきたい。もとより、ALMのあり方については様々な受け止め方があるとは思うが、現在のマクロ環境下、程度問題はあるが市場・ALM部門に収益を依存せざる得ない状況なのは仕方がないのではないか、と思う。このブログの読者のうち、ALMへの関心度がどれぐらいあるかは今のところよく分からないのだが、いずれカテゴリー化させて取り上げていきたいと考えている。ALMは国債管理政策や金融政策との関係で無視できない存在だと思うので。どうでしょうか。
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by bank.of.japan | 2005-04-20 21:38 | 金融システム | Comments(0)
ペイオフはもう一度全面解禁(今度こそ本物)のはず
 書こうと思いながら、忘れたりして書けなかったネタ。旬を過ぎたのはご容赦いただき、ペイオフ全面解禁について。我々マスコミはペイオフが全面解禁されて預金者も自己責任が問われる時代になった、と報道している。だが、「全面解禁」があるべき姿かと言えばそうでもない。金融関係者の多くは、しり抜けの解禁だと思っている。日銀もそう。そして多分金融庁も預金保険機構もそう思っている(はず)。知り合いのエコノミストは「茶番解禁じゃねーか」と憤る。
 まず決済性預金は全額保護される。将来、金利が正常化すれば、金利の付かない決済性預金に金を置くインセンティブは薄れるが、取引銀行が危なそうになれば、定期預金は決済性預金に移せばペイオフから免れる。給与振込、様々な引き落としのある決済口座を移すのは相当に面倒くさい。「決済口座の粘着性」と言われ、人は取引銀行をちょこちょこ変えられるものではない。取引銀行が危なくなったら決済性預金に移せばいいわけだ。結果的に、銀行に対する預金者選別はさほど働かない。ただ、このモラルハザードは致し方ない面はある。ディクロージャー誌を見ても、どこか安全で、どこが危ないのか、素人にはよく分からないのが実情だからだ。
 実は、深刻なモラルハザードは別なところにある。それは「決済途上の資金」も全額保護になるということ。企業など銀行から見た顧客の大口決済資金がこれに当たる。これらの決済は全銀ネット上で行われるが、どこかの銀行がペイオフ処理されても、その銀行から同ネット上に向かった資金は保護されるわけだ。全銀ネットでは決済のデフォルトに備えて各行は担保提供や流動性供与を行うなど決済リスクの抑制に努力しているが、実はその必要はないとされる。決済関係者はこの点に気がついており、いずれ金利が正常化し、決済リスクの抑制に負担がかかるようになると、担保提供など止めようという話になるのではないか、とみられている。
 モラルハザードだが、法的には許されるため、強制的にやめさせることはできない。国家に庇護された面が大きい決済システムを持つようでは、新に競争力を持つを金融機関が生まれるのか疑問である、というのが日銀決済関係者の悩みだ。しばらく前の日経新聞で、金融庁が使った「ペイオフ解禁拡大」という用語が思惑を呼んでいる、との囲み記事があった(うろ覚えなので必要なら後で修正)。今回のペイオフ全面解禁は「まれに見る制度設計のミス」と日銀幹部の多くは認める。金融庁もそう思ったから、用語に本音が出たのかもしれない。

この問題については、福井総裁、武藤副総裁らが発言している。

武藤副総裁(昨年12月3日の講演より)
「全銀システムを例にとると、参加金融機関はその仕向超過限度額をカバーするために約11兆円に上る担保を差し入れていますが、実際に債務不履行が生じた時には、この担保を処分する約束となっています。わが国においても民間決済システムにおけるそうした自主規律に基づく決済リスク削減策は、決済債務の全額保護といった預金保険制度の枠組みが導入された下でも、そうした制度に依存することなく、引続き必要とされるべきものです」

福井総裁(4月6日の定例会見より)
「決済途上のものをきちんと保全する、あるいは決済用預金を保全するという措置がとられたのは、確か2002年だったと思う。ペイオフ完全解禁後の姿がまだ見えない段階で、しかし将来をしっかり見据えてあのような措置が導入されたわけだが、これは一般の預金者に安心感を持って頂くという意味で非常に重要な措置であったと思っている。あくまで私の個人的な感じかもしれないが、この措置は、今申し上げたように一般の方々の安心感を最後につなぎ止めるというか、最終的な拠り所であるというところに非常に意味があるのだろうと思っている。しかし、決済システムの直接の担い手であるプロの金融機関は、自らの行動あるいは規律というものを正すことによってシステムの安全性を確保し、これをもとに預金者その他一般の方々に真に高度化された金融サービスを提供することによって、その見返りとして自ら信認を確立する。こういうプロセスを当然の前提としてできた制度だろうと思う。プロの金融機関までもこの制度を非常に広範囲な拠り所とし、自己規律を失うというようなことであっては、制度本来の趣旨に反するのだろうと理解している」

この問題、私もまだ大まかにしか分かっていない。技術的な側面で新たな論点など見つかれば別途エントリで取り上げる予定。
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by bank.of.japan | 2005-04-17 00:21 | 金融システム | Comments(0)


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