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カテゴリ:議事録( 7 )
日銀と国債買いオペ、1年ルールについて=佐々木直総裁の答弁
 ほとんどブログの更新はしておりませんが、このところ通貨制度の在り方に関心があり、その一環としてニクソンショック後の国会議事録を探索しております。その過程で興味深いやりとりを発見することがあり、こちらに備忘録として紹介することにしました。まずは、国債買いオペに関する佐々木直総裁の答弁。1年ルールが登場しております。日銀企画局参考。

参院・予算委員会 昭和46年11月01日

○羽生三七君 いまの論議は、まだあとからお話があると思いますが、日銀総裁の時間の都合があるそうですから。私は日銀が公債の引き受けをやるとかやらないとか、あるいは買いオペを一年捉え置きを半年か三月にするのかというようなことはきょうは一切時間がないから申しません。問題は、先ほど申したように、この公債発行について歯どめ論やあるいは懸念を表明するほうがおかしいという、それほどに積極論がいま盛んになっております。そういう中で、こういう風潮の中で、必要やむを得ざる場合に、所定の原則を守りながら、最小限発行ということは私はやむを得ざる措置だと思います。それは認めるが、財政のこの放漫財政あるいは硬直化を私たちはおそれて、日銀としても十分な姿勢をもって、大蔵省の要請があればというだけじゃなしに、日銀の中立性を守るためにも十分な公債に対する基本的な考え方を持って臨まなければいけないのではないか、こういう大局的なことだけを時間の関係でお伺いしておきます。この一点だけであります。

○参考人(佐々木直君) ただいま御指摘のありましたように、最近経済の先行きの見通しが非常に暗いと、当面何か手を打ってこういう危機を救わなければいけないという意識が非常に民間に強いために、何かこの際強い回復策を要望する一般の気分がございます。そのために国債の発行を何か当然のように考えている傾向がございますが、これは中央銀行の立場から申しますと、はなはだ警戒すべき態度であると思います。やはりその時の経済情勢、金融情勢に従いまして国債の消化額というものもきまってくるわけでございます。したがって、そういう点が十分勘案されないで国債に安易に依存することになりますと、これはインフレにつながる道でありまして、それは結局日本の経済に悪い影響を与えることになると思います。ただ当面は、先般来の外為会計の支払い超過、それから国内における設備投資資金の需要の減退等々から、金融市場の資金需給が非常に緩和しておりますので、今回の補正予算についての国債の発行は市中消化が可能なものと見通しております。
 しかしながら、そういう意味で、国債の発行に歯どめを与えるという意味から、すでに御説明のございました財政法第四条の規定、それからまた日本銀行としていまとっております国債の直接引き受けはしない、それからまた発行後一年未満の国債あるいは政保債の買い入れは、これは右から左に消化するという印象を与えるということで、やっぱりそこに歯どめの効果を持たすために一年未満は買い入れをしない、この二つの原則は日本銀行として強く維持していくつもりでおります。

黒字は私が強調したもの。1年ルールはもう大分前に撤廃されましたね。それから、中央銀行の独立性に配慮する羽生三七先生は立派です。社会党の先生のようです。wikiでは「戦前の社会主義運動の闘士という経歴に加え、良識の府である参議院を代表する人物として、説得力に溢れる質問は、与野党を超えて高い評価を得た」そうです。
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by bank.of.japan | 2012-11-15 18:40 | 議事録 | Comments(0)
服部正也氏を国会議事録で発見!=昭和59年参院・特別委員会
 「ルワンダ中央銀行総裁日記」を読了。本を図書館に返却した。私の中では服部正也氏は英雄と化し、このままお別れするのも寂しいため、ご本人の弁などどこかに残っていないものかと考えた。もとより、著作の少ない方なのだが、国会議事録の検索を思い付いた。そしたらあったのである。昭和59年5月16日、参院の「外交・総合安全保障に関する調査特別委員会」に参考人として登場しておられた。国際協力に関して持論を述べた貴重な場面であります。答弁内容は簡単に紹介しますが、ご関心ある方は直接参照ください。
服部参考人 「…やれODAとかあるいはグラントエレメントとか言っておりますが、全部こういうものを発明するのは役人、日本の役人は別にしますが、官僚的な発想をする人あるいは実務を知らない学者が、総体を見て、そしていきなり総体をもって各論とするという考え方で一つの速記術としてやっているわけで、目的は後進国のあるいは世界全体の経済発展でありまして、効果がなければならない。そして同じ効果を生むならば、インプットは物が少なければ少ないほど効率がいいわけでございます。やたらにODA競争とかなんとか、これが国際政治の上で一つの基準になっていることは私はもちろん容認しますし、そしてそれが事実であればそれに対応するということもやむを得ないわけですが、仮に日本が援助をふやさなきゃいかぬということで、日本が世界全体のGNPの一〇%になるような大国になったならば、日本が援助哲学あるいは援助理論の間違っていることを正す、日本の援助理論を出すということが日本のまず第一の責任ではないか」
 「…先ほどの慈善的な援助、災害に対する援助というものがエスカレートして、非常に安価なひとりよがりの善意で援助をやろう、あるいは実際に行われている援助があるわけであります。現場に行ってみまして、いかにそれがその国の経済の仕組みを崩しているか、かえって害になっていることが多いのでございます」
 「現実に私が見た日本のODAのプロジェクトの問題で言いますと、これはアフリカがやっぱり問題が一番多いような感じがするのです。これはもう各国ともそうですが、日本の場合は何といってもアフリカの実情を知らない。先ほど別の先生がおっしゃいましたけれども、東南アジアについてそう知識がないということ以上に、アフリカについてはせいぜい冒険ダン吉みたいにしか考えてないということが一番大きいのじゃないか」
 「日本の本で、援助といって全部読んでいるわけではもちろんありませんが、帰りましてから見ましたものはほとんど欧米の学者の焼き直してございます。これをやっておる限りにおいては、援助というのが本当の目的に戻るということはないと思うわけであります」
 「まず、新国際経済秩序でございますが、これは全く果実のない議論の場だと私は思っておるのでございます、非常に極論かもしれませんが。私は外交官でもなければ政治家でもありません。学者ではもちろんございません。私は実務家なんです。実務家とすれば、こういうところに貴重なエネルギーを使って無用な議論を繰り返す、そのエネルギーと、それからその会議費、出張費、これはもう後進国にとっては大変な負担なんです。なぜこれを、自分の国の今ある枠の中でできることをやらないか」
 「私が留学した一九五〇年では日本に重工業などやるのはナンセンスだという話がありまして、学校でも大学の先生でもいろいろ言われたわけです。そして私、それを帰って一万田総裁に話しましたら、それと関係があったかどうか知りませんけれども、川鉄のペンペン草の話があったわけですけれども、いかに人間の努力というものがいろんなものを克服するかということがこれは日本人の歴史の中であるわけなんで、これを伝えるということ、機械的な統計的なモデルというものでやることがいかに不毛だということ、これはもう人間信頼の問題、個人信頼の問題だと私は思っております」
 服部節、冴えておりますね。
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by bank.of.japan | 2009-08-04 21:03 | 議事録 | Comments(11)
そういえば福井副総裁が一回だけ発言していた件について
 金融政策決定会合の議事録をざっと読んだ限りだが、福井副総裁は一回だけ発言している。旧法下の最初に開かれた会合(98年1月16日)で、米澤理事の経済報告に対して一つだけ質問している(29ページです)。この部分、最初は読み流したんだが、そもそも副総裁は執行部側のメンバーで、政策決定の投票権はない。従って、執行部の人間が執行部の報告に質問するシーンにちょっと違和感を覚えたのである。そこで旧法下の議事録をチェックしてみたのだが、発言はここだけであった(違っていたらすいません)。
 推測するに、これは営業局汚職事件が間接的に影響している部分かもしれない。記憶は定かではないが、旧大蔵省のスキャンダルは1月時点では日銀にはまったく及んでおらず、福井副総裁は総裁昇格が確実視されていた。本人もやる気満々であったろうし、最初の会合で思わず質問をしてしまった(それだけ気合いが入っていた)のだろうと思う。ちなみに、質問自体は大したものではなく、資本ストックの余剰感に関連したもの。
 以降、発言がみられなくなったのは、やはり執行部側が聞いたら変だなと本人も思ったことに加え、大蔵の不祥事が徐々に日銀に飛び火し始め、行内も騒然としてきたからではないだろうか。こうなると目立つことはできない。かくして新法導入を目前にして、日銀を去ってしまったのである。なお、議事録には汚職事件の影はまったくみられない。強いて挙げれば、竹島営業局長が2月か3月の会合での市況報告で「大蔵スキャンダル等の影響が…」と言った部分だけであろうか。いずれにせよ、日銀自身の不祥事の話は皆無であった。
 福井さん、その後は見事に総裁に返り咲いたのだが、任期後半は村上ファンド問題に巻き込まれて大変な目に会った。波乱万丈である。最初の決定会合で質問した福井総裁はまさに人生の頂点を目前にしていたのでありましょう。質問部分、福井氏の人生航路を考えると、感慨深いものがあります。
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by bank.of.japan | 2008-08-18 21:48 | 議事録 | Comments(0)
松下総裁がいい味出している、「家計調査は悪名高い統計だ」=98年2月26日の議事録
 この会合、松下総裁がいい味出している。会見の印象は、立て板に水のごとく、流れるような答弁をするが、まったく隙がない、滅茶苦茶に頭の良い方で、ある意味スーパー官僚の典型という感じなのだが、この議事録では意外に味があるところが垣間見える。不幸な事件に連座して辞任されたのはつくづく残念である。まあ、それはさておき、味のあるところ以下に紹介。
・松下議長 「技術的なことであるが、家計調査は非常に変動が大きく、悪名高い統計であるが、これを補正できるような他に良い指標はないか」
→実に正しい問題意識である。藤島委員が「経企庁で調べた面白い分析」を紹介していて、これはいわゆる公務員バイアスのことなんだが、まあそこまで分かっているなら何とか統計を見直して欲しいものである。
・松下議長 「新聞が取材にくれば追い払うことになるが…」
→これはブラックアウト対応についての発言で、追い払うのは正しい。

その他

・竹島営業局長が発言していた。最後の営業局長である。
「この点については、大蔵スキャンダル等の問題が…」と語っているが、地検がまさにご自身の営業局に迫っていたのはこのとき察知していたのだろうか。
・永島理事 引き続き細かいリポーティング。「昨日の上院の証言で、日本の問題が取り上げられ、マック上院議員の『日本は個人消費を十分刺激していると思うか』との質問に、グリーンスパン議長は『No, I think not』と答えたことが…」 この英語が何とも言えない。
・川原審議役のインタバンク方言的説明がいい感じ。「取り手が一斉にビッドを引いたところ、出し手がすんなりとオファーダウンして各タームともかなりのレート低下をみた」 いいねえ。
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by bank.of.japan | 2008-08-06 22:00 | 議事録 | Comments(4)
永島理事の説明が細かい…、恐るべき利上げ論=98年2月13日の議事録
 この議事録では、永島理事(国際担当)の説明が細かいことが目に付いた。細かいというか、為替の動いた理由を具体的に述べられているのですね。当局者の発言内容とか、何ちゃらリポートとか。まあ、これはこれで「へぇー、そんなんで動いたんだー」という感慨がわく。為替は色んな材料にせつな的に反応するもので、中長期的な分析には応用は利かないが、面白い。以下、幾つか事例を。
・クリントン大領のスキャンダルとアメリカの金利先高観の後退の二つはドル安要因であって…
・ジョンソン・スミックというコンサルタント会社のリポートが「2月20日頃までに出ると言われている政府の景気対策については、あまり期待できない。具体的には補正が組まれない」といった趣旨のことを書いていると報じられたこと…
・(同じくこのリポートで)「大蔵省筋が円の適正レベルは122-126円位だと言っている」ことも書かれていると伝えられた…
・ティートマイヤー・ドイツ連銀総裁が「G7で円相場が議題になるか」という記者の質問に対して「不明である」と答え、これは少し安堵感を与え…
・昨日はグリーンスパンFRB議長が議会証言で、「アジア経済混乱の米経済への影響はそれほど大きくない」という見方を示したと報じられ…
 かなり細かいですね。そういえば当時は永島理事の記者懇談が定例的にあったように記憶する。かなり話好きな方であったという印象です。為替の地合いを見るうえでリスクリバーサルというのがとても便利でね、と解説してくれたのをなぜか鮮明に覚えているなあ。

 もう一つは、金融恐慌で真っ暗になった経済情勢にもかかわらず、政財界で利上げ論があったこと。恐るべし。もとより前年の恐慌前は利上げ要請が活発で、連合も日銀に押しかけたほど。松下総裁は何度も国会に呼ばれて利上げしないのか、と迫られた。この手の利上げ論は恐慌で止んだと思っていたが、後藤委員の発言を読むと、それでも利上げ論はしぶとかったようである。「国会筋だけでなく、インターネットで寄せられる意見でも『いつまで低金利を続けるのか』という声が大きい」とか、「経済界でも『低金利が続くと資金コストの考えが甘くなる』という声もある」とか。藤島委員(経企庁代表)の発言では、当時の橋本総理は「金融政策は日銀の所管事項」とした上で「低金利は景気を下支えし、これが国民の皆さんの所得を支えている」と答弁していたようである。非常に真っ当であります。
 
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by bank.of.japan | 2008-08-05 21:50 | 議事録 | Comments(7)
CPオペ積極化の背景=98年1月16日の議事録
 金融政策決定会合の各議事録を読んで思い出したことなど記してみたい。もっぱら個人的なメモランダムであり、結果的に読者の方々の参考になれば幸いである。とりあえず箇条書きにて。
・中川委員がCDの出合いを積極化させるよう短資会社に要請してはどうかと求めていた。
→前年秋の金融危機の余波で銀行(都銀など)の資金繰りはひっ迫状態が続いていた。CDは有効な資金調達手段だったが、CDは短資経由から徐々に水面下に潜っていったとみられる。このため、公表レートが途切れることがあった。この点を中川委員は憂慮したのだろう。水面下に潜ったのは発行レートがかなり高くなっていたためで、しかも特定先への発行であったので、銀行側もあまり公表したくなかった、という事情がある。この手の表に出てこないターゲット発行物は、「水面下CD」と言ったりしたものだった。懐かしい。
・「      …など、外貨繰りに少し余裕が出ており、韓国ウォンも若干安定を取り戻している」という記述があった。
→この空白部分は恐らくは韓国系の銀行であろうと思われる。この時期、アジア危機の余波でかなり資金繰りに窮していたことはマーケットでも取り沙汰されていた。緊急スワップでしのいだ、という話も聞いたが、どうだったのでしょうね。
・川瀬企画局長が「インパスプレッド」という用語を使っていた。
→この用語は初耳のような気がする。多分ユーロ円インパクトローンのスプレッドのことであろう。もはや死語でありましょう。
・川原営業局審議役(最後のオペ担ですね)「CP発行金利はBIS規制上の取り扱い変更に関するニュースが出てから緩んでおり…」
→このニュースは懐かしい、と同時に日銀がCPオペを積極化させた一つの要因にもなった。銀行が企業発行のCPをバンキング勘定ではなく、トレーディング勘定で持てばリスクウェートは軽くなる、というものだったと記憶する。日銀はこの点に着目し、銀行がトレーディング勘定で持ったCPを対象にバンバンオペを打ったわけである。これは企業金融のひっ迫解消にそれなりに効いたと思う。危機時に生み出さされた工夫の一つであった。こういうのは日銀はうまい。この辺の経緯はもはやうろ覚えだが、議事録を読んで色々取材したことを思い出した。
 何か思いつけば追加します。
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by bank.of.japan | 2008-08-04 22:11 | 議事録 | Comments(0)
ついにこの日が来た、議事録が出た=お楽しみの本番はこれからだ
 実はこの日を待っていた。この間、長かったような、あっという間であったような10年である。最初の決定会合の日、一体どんな話し合いがあったのか、知りたかった、滅茶苦茶詳細に知りたかった。議事要旨で「大方の議論がカバーされている」とは耳にタコが出来るほど聞かれたことだが、でもリアルなやり取りを知りたかった。そして今日である。夢がかなった。感想は…、スゲェーおもしれぇじゃないか。以下、雑感。
・既にいろいろ報道されているが、尾身経企庁長官(当時)の勇み足発言。気持ちは分かりますがね。「政府の機関である日銀が…」とか、「景気対策の足を引っ張るレポートは避けてもらいたい」とか、「月報は…というトーンで書いてもらいたい」とか。経済対策打ち出したばかりのあせりがあったのか知らないが、KY突撃でありました。
・経企庁局長の長官フォローが見物であった。ヒートアップぶりにやや吹いてしまったな。「透明性の精神を踏みにじったかのような対比の書かれ方をして…」のところは声がひっくり返ったかのような感じであったのでしょうか。議事録の動画バージョンがあったらよいのに、と思った。
・かなりフリーに近いディスカッションであった。これは意外であった。法改正直後だったのでみなさん気合いが入っていたのでしょう。
・後藤委員はやっぱりイイ。ご健康であられたら、総裁の可能性は非常に高かったのではないかと改めて思った。非常に人望が高かったですから…。旧法時代の任命であったのが悔やまれる。
・中原委員の各方面への突っ込みは鋭い。その一コマの要旨を紹介(98年6月12日分)。
まず武富委員が苦しい政策論を披露(イベントに備えて緩和を温存)。
中原委員 「イベントとは何を考えているのか」
武富委員 「色々ある」
中原委員 「説明してください」
武富委員 「マーケットの大混乱、その背景には…」
中原委員 「マーケットの大混乱とは何ですか。株価の暴落ですか」
武富委員 「最も端的には株価の大暴落、そこから来る金融システムの大不安、そして…(略)」
中原委員 「そのとき利下げするのか」
武富委員 「それもまだ決めていないが…」
中原委員 「カタストロフィー待ちか」
武富委員 「カタストロフィーが起きたら喜んでやるという話ではない」
中原委員 「(でもそれはつまり)後追いではないのか」
いやはや。トドメを刺しますね。刺された気持ちはたまらないだろうなあ。
・月報表現部分の議論もまた興味深い。これだけの要望に応える事務方は大変でしょう。早川調査統計局課長(当時・現名古屋支店長)の以下の答弁は面白かった。
「私共は皆さんのお決め頂くものについて、あくまでも『案を出させて頂いた』ということですから」 この場面、目に浮かぶようである。
・公表された半年分についてざっと目を通すつもりであったが、ダメですね。ざっと読めないです。必ず読みふけってしまいます。まだ二、三回分しか目が通せていない。
・議事録はこれからがどんどん面白くなっていく。とりあえず2000年利上げから翌年の量的緩和への転換あたりが盛り上がりのピークでありましょう。金融政策一大叙事詩のプレイバックである。
・でも、10年前の議論。全然古さがない。今の状況と違和感がないんですよね。景気悪化が内生的か外生的かの違いだけで。今の日銀と10年前の日銀のシンクロナイズが起きたかのようである。
 ということで継続的なテーマになりそうなのでカテゴリーに「議事録」を追加しました。
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by bank.of.japan | 2008-07-31 19:35 | 議事録 | Comments(16)


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