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一万田総裁と白洲次郎氏を同時ヒットした件=雑感的な歴史探訪の巻
 ドラめもんさんのGDP戦後最悪ネタに触発されて、何気に終戦直後の国会議事録を検索していたら、一万田総裁と最近ブームの白洲次郎氏が同時に登場している質疑がヒットした。白洲氏関係の本は未読ながら、マスコミの印象ではやけにカッコ良い印象があったので、ネタとして横道にそれるが、少し深堀りしてみた(当ブログ読者に白洲ファンが多いかどうかは不明ですが)。

 まずは、ヒットした質疑。これは昭和26年03月31日、参院本会議における木村禧八郎議員(労働者農民党=後に社会党)の開銀設立に反対する弁論である。

○木村禧八郎君 (略)この日本開発銀行の中身を検討して見ますと、どうしても我々の承服できない点があるのであります。
 (略)この総裁及び役職員の任命ということが非常に重要であると思うのです。この総裁、役職員が適正な人物であるならば、まだ我々は了承できると思うのですけれども、従つて非常に立派な人物を総裁その他役職員にするらば、これは任命については、国会の承認を得るべきであります。(「焦り」と呼ぶ者あり)ところが国会の承認は要らない。総理大臣が任命すればいいのであります。
 而もすでに伝えるところによれば、この総裁は非常に政党色の強い小林中氏が予定されておるのです。(「そうだ、不都合だ」と呼ぶ者あり)小林中氏は周知のごとくいわゆる吉田側近の人と言われ、白洲氏と非常に昵懇の間であつて、政党色が著しく強いことはもう明らかであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)。
 伝えられるところによれば、金融界でもこれは反対であり、大蔵省の役人も反対である。そういう人を総裁にしてどうして大蔵省が公正にこの資金の運用を監督できるか。(「そうだ」と呼ぶ者あり)その責任は持てないというので大蔵事務当局は反対であるのです。(「よく聞いておけ」と呼ぶ者あり)而も金融界においても反対であると言われています。
 併しながら一万田日銀総裁は、反対すると日銀総裁の椅子が危いというので、あえて反対しないので、妥協して、そうして日銀総裁の椅子に(「黙つて聞け」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)居据るのに成功したのではないかと伝えられておるのですが、そういう疑惑が起るだけでも私は非常に不明朗だ。(「勝手なことを言うなよ」「勝手じやない、事実だぞ」「独断だ」と呼ぶ者あり)。
 私は銀行局長に聞いたのですが、こういう非常に重要な(「そんなことはわかりやしないよ」と呼ぶ者あり)この銀行の総裁を任命する場合、政党色があつていいかどうか。銀行局長は原則論としてそれはよろしくないと、こう言つております。併しこの開発銀行については、総理大臣が総裁を任命するのであるから、意見は述べられないと言つておるのです。
 このように非常に政党色が強い人が予定されておるのです、すでに。これは非常に不明朗だと思います。これは第二の復金になる公算が大きい。まあそういう疑惑を持たれても仕方がない。或いは又これは自由党の私設機関になる危險もある。(「そうだ」と呼ぶ者あり)そういうようにも疑われても仕方がない。(「その通りだ」「嘘を言うな」「事実だ」と呼ぶ者あり)。
 若しそういう疑いを持たれることがいやであるならば、この総裁の任命についてはもつと公正な方淡によるべきで、国会の承認を得るようにしたならば、そういう疑惑を封ずることができると思うのです。なぜ国会の承認を得ることがいやなのか。(木村守江君「労農党の批判は要らんよ」と述ぶ)なぜ国会の承認を得て公正にそういう人の人選をすることに反対なのか了解に苦しむのであります。(「労農党の批判は要らん」「ノートを取つて筆記しろ」「覚えておけよ」「何を言つてる」と呼ぶ者あり)
 実はこの法案の中身を検討して見ますと、(木村守江君「労農党の口出しは要らん」と述ぶ)不明朗極まるのであります。(「勉強しろ」「少し教えてやらんと…頭が悪いから」と呼ぶ者あり)木村さんはこの法案の内容を御存じないのです。ないから、そういうことを言われておるのであります。よく御検討になれば、そう木村さんが、がみがみ言われるようなことはないのです。(笑声)こういう非常に重要な法案であります。非常に重大な法案でありますので、こういう法案、而もこれの総裁をきめることは最も公正な方法においてやるべきです。(「勝手なことを一人できめて言うなよ」と呼ぶ者あり)
 このようないろいろな点は仮に譲るとしましても、最後のこの人事の問題に関してはどうしても我々は譲ることはできない。(「そうだ」と呼ぶ者あり)こういう意味において、甚だ遺憾でありますが、(「木村はもつと勉強しろ」と呼ぶ者あり)労働者農民党としてはどうしてもこの予算案に賛成することができないのであります。(拍手)

ヤジが飛び交い、盛り上がっている感じですね(笑)。白洲氏は吉田側近筋として有名であったようで、それだけ野党などからの批判を受けやすい存在であったようだ。いろいろな委員会で名前が登場している。こんなのもあった。

昭和26年03月08日、衆院法務委員会
○世耕弘一委員 (略)特に注意を喚起したいのは、派閥よりも今日の政界を毒しているものは何かといえば、閨閥なのです。一、二私はここに例をあげましよう。たとえば吉田内閣における電力人事の問題――人の名前を申し上げては何ですけれども、これも事実だから申し上げましよう。電力人事に対する麻生、白洲某、これは派閥でなくて、むしろ閨閥だと世間では論ぜられております。せつかくあなたが派閥の端まで苦労して公正を期そうというやさきに、こういうことが新聞に麗々しく載つて今問題になつております。たまたま今度は検察庁の人事にやはりかような空気が漂うておつたとするならば、非常な国家の損失であります。

麻生、小林、白洲の三氏はセット的な感じでよく出てくる印象である。

最後に、白洲次郎氏は電源開発絡みで参考人として(恐らく)1回だけ国会に登場している。昭和27年04月12日、衆議院通商産業委員会である。興味ある方はご閲覧を。

歴史探訪の巻でありました。別なネタも幾つか見つけたので、そのうち取り上げます。議事録、久々に検索したが、やっぱ宝の山でありますね。
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by bank.of.japan | 2009-05-21 21:33 | 一万田総裁 | Comments(7)
一万田総裁の農政をめぐるやりとり=農地解放は失敗?
 国会会議録で一万田総裁の答弁をいろいろ探っていたら、農村金融をめぐるやりとりがあり、その中で質問者側に気になる指摘があった。もとより、私は農政の歴史には全然詳しくないのだが、農地解放が生産性の面ではむしろ失敗だったのではないかと思わせる指摘であります。この辺、詳しい方がいればご指摘頂くと幸いです。昭和25年07月29日、衆院・経済安定委員会より。

○渕委員 (略)今日土地改革によりまして、多くの諸君が小作農から自作農に転換いたしましたところが、かつての自作農であつた方々は、相当長い間経験を持ち、なおかつ財産を持つておりました。従つて営農資金はたんまりあります。馬もあれば牛もある。農機具もある、銀行の預金もあるということですから、そういう方々は、こういう状態に追い込まれましても、農業経営には相当苦心はありますけれども、そう困難は来していない、ところがこのたび解放されました多くの小作人の方が自作農になつたとき、営農資金がない、馬も牛もないというような状態に追い込まれております。こういう人たちに営農資金を與えて行かなければ、日本の食糧の増産はできない。今日土地をもらつた小作人は、失礼ながら今まで自作農が一生懸命やつておつたときよりも、生産は落ちております。言葉をかえて言えば、農地改革の結果、日本の労働の生産性は低下したというのが、偽らざる統計の示すところでございます。そういつた方向に思いをいたされますると、何か予盾があるのじやないか。そこで私がもう一点お聞きしますことは、問題は、農村ほほかの中小商工業と違いまして、まことにもうからぬ企業であります。従つて水の低きに流れるごとく、金というものがどうしても利益のある方へ流れて行く。これを日本の政治なり、あなた方が、低いところに流れないように、逆流させるような作用をさせるのが、農村金融を思うつぼにはめるということではないかと思うのですが、その点、引合わない農業に、いかにして長期資金を流すかという問題を提起いたしたいのであります。それに対する総裁のお考えを承りたい。
○一萬田参考人 (略)それから営農資金なんかでも、従来特別になかつたのですけれども、農業手形制度というものもここに創設しまして、農業手形で営農資金の供給をまず図つた。私の方ではそれを特別にやる措置をとつておる。こういうふうなことをやつておりまするが、しかしおそらく、今農村の問題は、具体的にお困りになつているのは金融であるかもしれません。すべて今は貨幣経済の中ですから、困る点は金融という面に現われて来るのですけれども、今の病気の根源は、もう少し深い違つたところにある。そこをひとつ直すようにして、当面の応急措置は応急措置として考えたらどうですか。元を直さずして、ただ応急措置々々々々では、ずつと間違つた方向に進んで行くかもしれない。だからやはり病根を切開して、直すところは直して、臨床的にも、内服薬も飲むというふうにせぬと、なかなかうまく行かない。ところがそれを言うと、切開をいやがるとか、いろいろな複雑な事情があるとか、何とかいうので、姑息的な当面お茶ぐらい飲んでごまかして行くというようなことをやる。それはいかぬ。決して営農資金に無関心ではないのであります。
 
 このやりとりの前には以下のような答弁もある。

○一萬田参考人 (略)ところがこの農業協同組合というものが、どうですか。私かれこれここで申し上げませんが、どうですか。よほど考えてもらわなければならぬ点が多いと私は考えておる。そうしてそういうふうな運営の仕方ですから、金がない、ないと言いつつ、この組合で集めた金で、最近まで百五十億円というものが、銀行の預け金になつておる。いわゆる同業者預金。これは金利が当時二銭数厘しておりましたから、組合でせつかく農村の金を集めて、農村に金融が非常に不足しているにかかわらず、農村にその金を使わずに、銀行に預けている。そういうふうなことをやられたのでは、なかなか農村金融というものはうまく行かない。組合というものは組合系統になつているので、この組合の健全化ということについてはどうすればいいのですか、それをたださぬ限りは、なかなか解決しないというのが私の考え方です。

 農地解放は、うろ覚えだが、困窮状態の農村が共産化の温床となるのを防ぐためにGHQが実行したものだが、結果的には集約された農地が細切れになり、生産性が極度に低下。組合組織があまりうまく機能しなかった、ということであろうか。日本がその後急速に復興し、いずれにせよ地方から労働力を吸い上げたことを考えると、農地解放は不要であったとも考えられなくもない。まあ、当時としては日本が復興するかどうか不透明で、とにかく政情安定化が喫緊であったということであろう。下のエントリーに絡めるわけではないが、いつの時代であっても、将来を予見するのは難しい。
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by bank.of.japan | 2008-07-23 21:51 | 一万田総裁 | Comments(4)
超専門的な内容が普通に議論された半世紀前の国会=担保政策をめぐるやりとり
 日銀がオペレーションの際に取る担保をめぐる議論は、現在ではもっぱら企画二課(オペ企画担当)や金融市場局に限定されるか、外部ではせいぜい全銀協・短取研でテーマになるぐらいで、かなり超専門的な話でありましょう。まあ公衆の面前で議論されることはない。で、半世紀前の国会だが、普通に議論されている。昭和25年10月13日、参院・大蔵委員会より。

○参考人(一萬田尚登君) …(略)。例えば従来貿手は單名手形が多かつたのですが、輸出業者がなかなかメーカーに代金を支拂わないというような不平を従来しばしば耳にしますので先般来貿易手形は成るべく複名手形にして、割引かれた金は確実にメーカーの手に渡るような措置をとつたのもこの趣旨からであります。
○木内四郎君 工業手形の割引は再割はとめておられるですか。
○参考人(一萬田尚登君) これは再割はしませんが、担保にとつて一銭五厘で貸出す。一銭五厘でスタンプを捺して無條件に出しております。ただ再割にすると一厘安くなりますけれども、私のところは一銭五厘で出しましても市中銀行は大体二銭四厘から二銭五厘で出しますから大体一銭の利鞘ということになる。
○木内四郎君 今言われるように工業の方面、生産方面に行くには工業手形を再割されたほうがいいじやないかと思うのですが……。
○参考人(一萬田尚登君) それは工業家から見ればいいですけれども、中央銀行から見れば再割手形というのはいけない。これは支拂が保証されないですから、工業手形というのは。

 この手の議論を国会で目撃するという事態は、オペレーションの裏側まで興味持つ私のようなオタッキーな人間にとってはシビレるのだが、現在の国会では絶望的でありましょう。これは国会議員のレベルが落ちた(超劣化した質問も多いが)というよりも、当時のように金融がかなりひっ迫した経済情勢では、中央銀行の担保政策が業界的に死活問題となっていた、という背景があるからだと思われる。国会議員も各業界からの陳情を受ける中で、日銀が何を担保に取る、取らないの重要性を認識していたはずで、だから「担保」を普通に議論することになる。

 担保政策はしかし、ある程度理解していれば、金融が何らかの事情でひっ迫したときにその重要性が認識できる。最近の事例では、サブプライムローン問題で金融がひっ迫した米インタバンクの情勢とNY連銀の対応である。担保範囲の拡大、新型オペの導入、資産内容の激変など、これらは適格担保を軸にいかに中銀からスムーズに金を流すかの工夫の積み重ねである。逆説的に担保政策が前面に出るような局面とは、基本的には不幸な情勢であるとも言えるが…。劣化質問は平和であることの証左かも。またはただの鈍感? 
 
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by bank.of.japan | 2008-07-10 21:05 | 一万田総裁 | Comments(11)
50年前の世界通貨統合論=一万田総裁もたじたじの答弁
 そういえば、国会がないと静かで良いですね、本当に。日銀短観は、(業況判断DIが)予想したほど悪化しなかったので、JGBは売られてしまった。でもまあDIは着実に悪化しているので、いずれ買い戻されるでしょう。ということで、本日も一万田シリーズであります。かなり面白いやりとりを発見した。50年以上前の「世界通貨統合論」であります(質問の方)。とりあえず紹介します。昭和27年03月03日、参院予算委員会より。

○深川タマヱ君 今日おいでになつておるかたがたは少くとも日本における通貨の権威者のかたがたばかりでございます。それでありますのに、その席で高橋通産大臣はすでにポンド過剩には対策なしと告白されておいでになりますが、日本の国の産業、貿易政策の元締めをしていらつしやる大臣からそういう告白をせられますことは、誠に心細い次第でございまして、或る意味におきましては、自由党の政府のこの方面における政策の行き詰りを暴露することにさえなるのでありますけれども、それは別といたしまして大臣さえも方法がないとおつしやるのでございますから、私がどんなに自分の貧弱な知識を暴露しても決して恥にはならないと思いますので、丁度いい機会ですからお尋ねいたしますけれども、政府のほうではポンド過剩の原因を幾つかお挙げになりましたが、木村さんはそれに附加えまして、世界の軍拡、これが大きな一つの原因だとおつしやられましたが、私は軍拡よりはもつと強いところに原因があるのじやないかと思うのであります。なぜならば、時の移りと共に、こういうふうな種類のものがいろいろ変りましても、結局こういう似たり寄つたりの事情が出ると思うのでありますけれども、深い原因は世界各国が地理的とか経済的の立地條件、或いはそれに加えまして、政治的ないろいろな事情で常に需要と供給に変化を来たします。それでありますのに、一方におきましては世界が幾つかの通貨を使うブロツクに分れております。たくさん金を持つておりましても欲しい品物が買えなかつたり、或いはその反対であつたりいたしますので、非常に世界の文化の発達を阻害いたしておると思いますので、このドイツ統一の以前におきましてすでにこういう悩みが多うございまして、ドイツでは連邦がたくさんございましても、各連邦が異なつた慣習と、言葉を使いますので、人間の身体を緊縛いたしまして血液の循還を欠いておるような恰好になつておる、それがドイツ全体の文化の発達を阻害した。それがドイツ統一の一つの原因となつておつたと思います。リストなどもそれを主張されたものと存じますが、今は世界の交通が発達いたしまして、世界は縮小され、当時のドイツ連邦のような状態になつております。ドル不足だ、ポンド過剩だと悩み扱きますなら、もうここらで世界各国が申合せして、通貨の一元化をしなければならんと思います。一本の通貨にならなければならないのじやないか、何が故にそういうお話合いができないのか、できない原因がどういうところにあるのか、それができるように私は考えなければいけないと思いますけれども、学者がおいでになりますから、それをお尋ねするのでありますが、世界の通貨の一元化ということは可能性がないことなんでしようか、何が故にそれができないのでしようか、それだけ……。
○委員長(和田博雄君) 一万田さんに対する御質問でございますか。
○深川タマヱ君 一万田さんから御答弁下さつても結構なんです。
○委員長(和田博雄君) 一万田さんは急がれておりますから、若し一万田さんに御質問があればそれを先にやつて頂いたほうがいいと思います。
○深川タマヱ君 だから今のことを、一万田さんからお答えを頂けましたら……。
○参考人(一萬田尚登君) これは大変なことで、併しまあ人類の到達する使命から見ると、やはり考え得られることではないかと私は思つておりますが、併しそれは非常な先と申しますか……、或いはそうなれば非常にいいと思います。

 委員長も一萬田さんもちょっとたじたじとなった感がありますね(苦笑)。まあ当時の目先が大変な状況からすると、余りにも遠大なテーマで「おいおいちょっと待て」という感想だったのかもしれない。でも、深川議員の問題意識自体はグローバル化が進展していく将来の課題としては、今でも遠い課題ながらも、あり得べし発想ではある。特にドルを基軸とする管理通貨制度が揺らぎかねない現状の問題点は、野村証券の亡くなった田淵さんも「私の履歴書」で指摘していた。50年以上も前に(まあ思いつきかもしれないが)国会で指摘した深川議員。私は素直に評価したい。これに引き換え、「預金利息が少ないから利上げだ」とか抜かす国会議員の答弁を50年後に読んだら…。そのときの経済が悲惨な状況なら「やっぱり。ダメになるべくしてダメになったのね」と絶望が深まるのかもしれない。
 本日、日経夕刊で気分の悪くなるコラムを見てしまった…。日銀即刻利上げすべし論である。原油高騰の対策として「利上げ→円高」なんだそうだ。なんでいきなり金融引き締めなんだろ。トンデモなんだが、トンデモはトンデモでもいいから、せめて筋を通して為替介入(円買い)と言えよな、と思った。この手の論調、なかなか絶滅しませんね。どうしてだろう。謎だ。
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by bank.of.japan | 2008-07-01 21:47 | 一万田総裁 | Comments(11)
これは何だかホッとする答弁です=一万田総裁の精神的なゆとり論
 金融経済はもとより政治&社会などの様々なメディア報道を眺めると暗くなる(報道の仕方も首を傾げるものが多い)この頃だが、まあ世の中はいつも先行き不透明なもので、これは恐らくは終戦直後の方が不安が大きかったのだろうと推測される。引き続き一万田総裁のシリーズだが、当時の困難な時期に訪米した総裁が国会で述べたことが妙に心に染みた。昭和26年3月14日の参院予算委員会より。

○高良とみ君 一民間人として一万田総裁がアメリカを見ておいでなつたという御趣旨に非常に共鳴いたすのでありますが、一つ率直に国内の融和を阻害しないという御見識の点を伺いたいのでありますが、一体アメリカの財界にお立寄になりまして、曾ての日本のようでなく、日本の財力或いは日本の経済的国力というものが、曾つての日本の二円が一ドルであつたというようなことはなく、非常に下つておるということを御痛感になつただろうと思うのであます。その点で、私ども国民としても過去の戰争の破壊を思うのであますが、その点日本は今日戰後五年の復活を以てしましても、よほど世界各国の財力からいつて低いところにあるというふうに御覧になつたのか、或いは私ども日本から一方的に考えておますように、アメリカが非常に好意をもつてくれておつて、回復も早い、又国力においても国内輿論のごとく、対米ドルの為替レートさえも上げてもいいんじやないかというような気構えのある状態からいいましても、その国際市場における日本の財力の見通しを、四等国と見られるか、七等国と見られるか、その辺についてのお感じだけで結構でありますが、先ずお聞かせ願いたいと思います。
○参考人(一萬田尚登君) 無論物質力の比較になると問題にならない。私、丁度デトロイドに行つて、そうしてクライスラーのプリムス、あの自動車を見たのですが、これはまあ五十六秒で初めから終いまでの自動車の検査もやり、ガラスも張り、何もして五十六秒で一台できる、もう実にプラニングと言いますか、或いはメカニズムと言いますか、或いはエフエシエンシイと言いますか、実に見事なものである。併し、それを日本に持つて来て、仮にやつたら、一日やつたら翌日から原料がなくなりはしないかというふうにまあ感ずる。これはまあ物質力の比較の一つの問題で、必ずしもそういうことは日本ではやれないということで、そこまでは行かないが、併し一面これは精神でしよう、精神的には……実はこれは甚だ時間がないので、おしやべりをして漫談になりまして恐縮でありますが、実は私は関東大震災の頃にアメリカに行きました。そうしたらもうハワイに着いた頃から、これは大変な国に来た、サンフランシスコに着けば又感心する、ニューヨークに行けばいよいよ以て大変だ。その当時ウールウオースが五十七階で一番高く、その上に登つてニーヨークを見渡し、どうも足や尻が上つて来るようで、何だか下に飛んで見ると気持がよさそうなそういう感懐である。併し、今度それで自分としてもアメリカがどういうように自分に映るだろうかという興味を持つて行つたのです。だが併し、行つて見たら何も驚くことはない、ニユーヨークに行つて見るが少し家が高いというふうにも思わないし、エンパイヤステートというと百何階だが、私から言うとクラッチの芯が立つておるような感じ、そこで私はどういうわけかと非常に疑問にした。これは自分が飛行機に乗つて太平洋を、地球の上から見た、そうして地球の廻転と競争して見た、それで自分の気持が大きくなつて、此細なアヌリカどうでもよろしいという気持、そこでそういうふうな感じを私は持つたと思うのです。そんならば同じようにもう一遍地球を上から見て、今度は地球と追駈けつこをして日本に帰つて来る、日本が如何に小さく見えるかと、それで私が羽田が見えたその瞬間において私の胸間において起つた感懐でありますが、何にも小さく見えない、日本はそれでよろしい、何もそういうような点について大小の気持は起らない、形態は違つておるが大小の気持は起らない、これは一体何であろうか、これはまだ私は解決をいたしておりません。だが併し、物質的にさように相違するにかかわらずそういう感懐が湧くということは、これは日本の精神的の成長ではなかろうか、こういうふうにまあ考える、その精神的な成長が具体的にどういうふうに何を意味し、今後においてどういうふうにこれが発展するかということは、私は今宿題としてじつと考えております。

 物質的な豊かさを比較すれば圧倒的な差があったにも関わらず、羽田に降り立った一万田総裁が物質的な大小の気持ちは起きなかったはなぜか。普通なら戦勝国に追いつき追い越せの檄を飛ばすor額に汗して頑張ろう的なスローガンを発するようなもので、一万田総裁はそういうタイプのようにも思えるが、意外に精神的なゆとりを大事にしているのではないかなと思った(違うかもしれないが)。面白い人ですね。
 最近のメディア報道は、疲れるというかなんというか、そんなに騒ぐことか、ということが多く、そういう中で昔の国会論戦を読むと新鮮ですね(様々な意味で)。

野村証券の田淵さんが亡くなった。ご冥福をお祈りしたい。「私の履歴書」は貴重な証言でありました。ありがとうございます。
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by bank.of.japan | 2008-06-30 22:07 | 一万田総裁 | Comments(7)
国会議員に「不勉強だ」と言い放つ一万田総裁=痛快爽快な国会論戦
 マーケットがややきな臭い動きだが、終わりの始まりではなく、軽度の調整であることを願いつつ、本日も一万田総裁シリーズといきたい。面白いやりとりを幾つか見つけたので。まずは、国会議員に「不勉強である」と反論した痛快な場面である。今だったら、先生方怒って委員会が止まるだろうが、どうでもいい質問をする国会議員が多いのは事実である。霞が関の官僚の方々もうなずかれると思うが、議員が空虚な質問をしたら大臣なり総裁なりが「時間の無駄だ」と突っぱねて欲しいものだ。では一万田総裁である。昭和25年07月26日、参院の予算・大蔵委員会連合審議会より。

○佐多忠隆君 …日本銀行は依然としてこれを金融で調整する方策をお採りになつていると思うのですが、その後六月に至りまして、私達に言わせればむしろ突如として金融政策を変更になつたように考えるのですが、こういうふうに突如と変更されたのじやないか。これが若し突如とされたならば、どういう理由によつてそういうふうに突如と変更をなされたのか…
○説明員(一萬田尚登君) 実は私は安本時代から佐多君が非常な勉強家であるということを承知いたしております。(笑声)その佐多さんから今のような御質問を受けることは私は非常に意外に思う。こういうことを言うのは惡いのですが、それは突如とおつしやる。突如というようなことは絶体にない。それは今日国際情勢が如何に激しく日々変化しつつあるかということを御勉強なさつておれば、日一日或る意味において政策が変つても決してこれを不思議に思うことはないのであります。それ程かように違うのです。二十四年度はああいう政策、二十五年度はそういうふうに行くべきでないということは私は勉強が少し足りないと思う。むしろ日本銀行は遅過ぎたのではないかというふうに考えて行くのが当然じやないか、私はそういうふうに答弁をして……。決して突如じやない。二十四年度はああいうふうな財政……、そういうふうに行くのであります。二十五年度はそういうふうなことを繰返してはいけないということは少し深く考える人は当然思いを及ぼさなければならんと私は思う、突如というのはおかしい。それは要するに自分の不勉強でただ日本銀行のすることだけをいろいろ見たり聞いたりするからそういうふうに突如……。自分が勉強しておれば決してそういうことはない。

なかなかに激しいですね、一万田総裁。これで議場が荒れたかというとそうでもなくて、委員長はこう続ける。

○委員長(波多野鼎君) ちよつと質問の方に申上げますが、時間が余りありませんのに質疑通告者が非常に多いですから、どうぞ簡單に御質問願います。

で、勉強が足りないと言われた佐多議員はこんな感じである。

○佐多忠隆君 日銀総裁から不勉強を指摘されまして誠に恐縮なんですが、併し私が突如と申しますのは、私はしつかりした数字を以てお話しておるので、四月、五月には少くともそういう方向でなかつたかと私は数字的に説明ができると思いますが、これらの点になりますと見解の相違でございますから…

冷静ですね。

私はこんな場面を見てみたい。

○某党某君 日本銀行総裁に伺いたい。199×年の預金金利が一定であったとして、今日までに失われた預金利息はいくらであるか?
○説明員(日銀総裁) その質問は意味がない。経済は変化するものであり、それに応じて預金の金利も変化するものである。変化しなかった場合の、しかも預金の部分だけを取り出して計算することには何の意味もない。私は、そういう意味のない、しかも1足す1はいくらかというような計算に答えるためにこの場に来たつもりはありません。
○某党某君 総裁、申し訳ありません。二度とこのような浅はかな質問はしません。

まあ、激昂するでしょうね、某党某君は。でも、激昂してもいいから、総裁が冷たくあしらうところを見てみたいな。
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by bank.of.japan | 2008-06-27 22:04 | 一万田総裁 | Comments(12)
一万田総裁の担保政策論=農林中金をめぐるやりとり
 ふとした思い付きで始めた一万田シリーズだが、意外にも各方面(?)から好評を頂き、多謝であります。特に日銀も含む若い方(複数)の関心が高いのはうれしい限りであります。ということで、シリーズの最新です。引き続き昭和24年04月15日の衆院大蔵委員会より。

○小山委員 現在農業手形あるいは漁業手形というような制度があるのですけれども、これは実際問題としては、地方ではほとんど利用されておらない。これは結局日銀に持つて來ても、日銀の担保の対象になるというような問題ともからんで來るじやないか。農業手形、漁業手形が一向利用されないというのは、日銀総裁はどういうふうにお考えになつておりますか。

○一万田参考人 農業手形を技術的に改善するという点は、農業組合の大会のときにもお話が出ているのです。これは改善すべき点もあろうかと思いますが、これが相当役立つていると思います。ただ今年は魚がとれないのですよ。漁業手形で網やいろいろお買いになつても、魚がとれないから全然拂えない。こういうようなのは、金融機関、金融機関と言いましても、いつ拂われるかわからぬような漁業なんかについては、少し長いめの、三箇年くらいな、何か適当な金融を考えるように、しなくてはならぬと思いますが、今の漁業手形の問題は銀行屋さんはほとんど出しておらぬのです。魚は長崎の沖の方へ行つて、東北の方へは全然來ないので、全然魚はとれない、どうもしかたがないというような状況であります。

○小山委員 農林中央金庫に日銀が金を流す場合に、やはり担保をおとりになるわけですか。

○一万田参考人 もちろんとります。

○小山委員 どういう担保をとつておりますか。

○一万田参考人 それはいろいろのものをとります。

○小山委員 手形でもおとりになりますか。

○一万田参考人 場合によつてはとります。

○小山委員 場合によつてはですか。それとも主として手形をとられるのですか。

○一万田参考人 担保の点については御心配なさる点はありません。担保につきましては、中央銀行としてはやはり中央銀行の貨幣價値の維持、從つて資産の流動性というようないろいろな制約を受けまして、きまつた規則がありますが、それは國の経済のその時の実際の状況に應じて、やむを得ないという状況があればということで、担保については何もそんなに固く考えずに、彈力性をもつて操作しております。しかしむちやくちやなものを持込んで金を借ろうという、これはむりですよ。

この太字部分は名答弁ではないかと思った。特に最後のところはイイ。また、小山長規委員もなかなかな追及ぶり。全般的なやりとりもハイレベルな印象である。こういう国会論戦は見ごたえがあるだろうなあ。金融はハイテク化しても、金貸しの本質は変わらない、というか、昔の方が手触り感があって私は好きですね、こういうの。
 この委員会にはまだネタが多いので、折りを見て紹介する予定。乞うご期待。
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by bank.of.japan | 2007-05-05 22:01 | 一万田総裁 | Comments(7)
“ペンペン草”発言の源=道楽する産業と女房役の金融・一万田シリーズ
 一万田総裁のシリーズです。一万田氏の発言で有名なのは“ペンペン草”発言。実際の発言がどうだったのかは不明だが、川崎製鉄が金融引締めに反して製鉄所を建設しようとしたときに「製鉄所にペンペン草を生やしてやる」と言ったと伝えられている。この発言の源になった思われる発想が前回紹介した国会答弁の中にあった。以下の通りである。

○塚田委員 次にもう一点お尋ねいたしたいのは、金融機関の目で見させて、堅実なものに金融をさせて行く。堅実でさえあれば、絶対に金には不自由はさせないお考えであるように伺つたのでありますが、金融機関の立場から見させた場合に、堅実なものははたして今の経済状態で、ほんとうに伸ばしてやつていいものであるかどうかということが、非常に私ども懸念する点であります。ことに農業なんかの場合になりますと、これは他の商工業から見れば、おそらく金融機関の目から見て、金はなるべく出したくないというような事業であると思います。そうなります場合に、農村工業なんかをいたしますときに、資金需要をいたしましても、なかなか金が借りられない。そういう場合に借りられない状態が、地方に資金の需要がないということで、今おつしやるように、地方に資金の需要がないから、中央に金が集まつて來るというようになつて、だんだんいなか、ことに農業とかいうようなものが、金融難から産業が興らないという状態になつて來る懸念がある。過去には相当あつたと思います。今でもそういう状態があるのじやないかというふうに考えております。金融で産業を健全化して行くという考え方には、私は何かもう一つ別の基準から、その考えを補足する基準を一つ置いて行かなければならぬのじやないかと考えるのですが、その点……。
○一万田参考人 一つの点の金融から見て、健全というふうには必ずしも私考えておらないのです。それで私たちが今日相談しておることは、今日のこの難局を切り拔けて行くのに、金融とか産業とかいうようなことを言つておつてはだめなのです。それよりもむしろ産業と金融というのは、やはり渾然一体にならなければならぬ。それには産業家も自分のポジツシヨンをいつわりなく金融機関によく相談いたしまして、こういう状況だ、どうしようか、こういうふうにお互いに腹を割つて、そうしてここを乘り切つて行かなければ、うまく行かないじやないか。そういう方向に行くのでなければならぬ。何か金融というものが産業に優先しているというような、そういうけちくさい考えは少しも持つておりません。同時に金融でもつて産業をかれこれするというような世評が、從來なくはありませんが、それは事業自体が道樂しているのですから、道樂している場合に、女房役の金融というものは、懷中を預かつているのは当然なんだが、それを道樂している者に懷中を預けておけば、翌日配給物も受取れません。そういうようなことでは國がつぶれます。それだから、産業が眞にインフレ的な考えから目ざめてやつてくれれば、女房役はむしろお小づかいはどうだろうかくらいに思つて、知らぬうちにたもとの中に小づかいを入れてくれるようになるのです。問題はそこにあると思うのです。だから從來のやり方は、インフレの根本にメスを入れない。底を探らずに何とか金融の一時を糊塗して來たというのが、日本経済の実態だと私は考えております。

当時の状況では、一万田総裁の目には産業が道楽しているように見えた、のだろう。製鉄所を建設する行為は、ある種の道楽と映ったのかもしれない。現在のようにデフレを経験した後では、巨額の設備投資に反発する発言は理解しにくいが、「産業と金融というのは、やはり渾然一体にならなければならぬ。それには産業家も自分のポジツシヨンをいつわりなく金融機関によく相談いたしまして、こういう状況だ、どうしようか、こういうふうにお互いに腹を割つて、そうしてここを乘り切つて行かなければ、うまく行かないじやないか」と言うのは一つの正論として腹に落ちるとこがある。
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by bank.of.japan | 2007-04-16 22:31 | 一万田総裁 | Comments(10)
一万田総裁のロンバート論=日銀の金利は市中より高いのが原則である
 国会会議録の検索システムを使って一万田総裁の発言をチェックしていたところ、面白いものを発見。これは中央銀行の民間銀行向け貸出(LLR)の在り方に関する原則論と言っていいかもしれない。ロンバートはやっぱり高い水準にあるべきで、量的緩和解除時にロンバート設定で日和った日銀政策委メンバーに読ませたい。

昭和24年4月15日 衆議院大蔵委員会より。

○小山委員 それで六十億という金を貸し出されるのは、これは新たに貸出ししようというお考えでございましようが、そうしますと、今市中に行われております高率適用ということとどういう関係がありますか。

○一万田参考人 高率適用ということは、何も御心配はいらない。高率適用ということは、日本銀行の金利をお考えになると、日本銀行の金利は今安いのは一銭四厘、そうして市中貸出しは二銭八厘。日本銀行の預貯金の増加を考えずに、ただ日本銀行に來て、手形を書いて一銭四厘で借りて二銭八厘で貸してもうけて行こうという処置は、無制限に許さるべきことではありません。そうしますと、一生懸命に預貯金を集めるのに苦労して、インフレーシヨンにならぬように、なるべく預貯金の範囲で仕事をしようという最も大事な、正直ないい人は損ばかりしている。そうしてたとえば日本銀行に來て、安い金を借りて高くまわしている人が得をする。そうするとそういう銀行というものは、組合の俸給の引上げですか、こういう賃金要求にはすぐ應じてしまう。そうすると横の連絡で苦労する、そういう状況なんです。九原則でも原則として日本銀行に依存しないという建前であり原則であります。そうしてみると日本銀行の金利が、市中の金利よりも高いというのが原則であるべきであります。しかし日本の今日の経済情勢では、日本銀行の信用に依存せぬということは不可能であります。そこである程度の依存は認めなければならない。その認めらるべき範囲は、まあ普通の金利でひとつ上げましよう。しかしそれ以上お借りになれば、そうもうけられませんが、それでももうけるようにしてやるのです。私の方の高率適用でも二銭五厘から二銭七厘で、市中銀行は二銭八厘だから、一厘から三厘のさやが上る。それでも貸してやつて、貸さぬとは言わない。しかしそうむちやくちやにもうけては困る。そこで預貯金の増強を大いにはかつて行き、その一割二分くらいまでは安い金利で差し上げ、それ以上になれば、それより高い金利になる。しかしそれでもいくらかはもうけられるのですが、なお貸出しを躊躇しない。こういうのですから、私から言えば実に至れり盡せりで、どうぞ高率適用については御心配なさらぬように……。

補足 市場金利よりも低い公定歩合での貸し出し(窓口指導)は、資金不足時代の銀行(都長信銀)にはまさに一万田総裁が言うとおりに「至れり盡せり」であると同時に、日銀の民間銀行に対する絶大なる権力の源泉となった(後年の営業局の不幸な事件の温床)。裏を返せば、全銀預金超過という事態は、少なくともLLR的な観点で日銀の権力は皆無に近いわけである。
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by bank.of.japan | 2007-04-10 20:52 | 一万田総裁 | Comments(4)


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