自然体の「アウトライヤ―」=日銀FSR
 日銀の「金融システムリポート」(FSR)が発表された。こちらである。いくつかのポイントから浮かび上がるのは、金融機関はやっぱり自然体としては「アウトライヤ―」になっていく、という姿である。
FSRより
・(じわじわとだが)貸出債権の質が低下している。
・(同時に)貸出金利の低下が続いている。
 上記は、すなわちリスクに応じたリターンに従えば、むしろ貸出金利は上昇気味に推移すべきだが、そうはなっていないということは、金融機関はクレジットリスク対比では企業・家計に対しては「持ち出し」であることを意味する。もともと邦銀は、異常に社会的な使命を負わされ、まあ、NPOがますますNPO化しているわけだ。
 このFSRには明記はされていないが、金融機関の資金調達コストはもうこれ以上は大して下がらない状態だ。その下での貸出金利低下は、国際的に異常に低いと言われる預貸スプレッドのさらなる圧迫をもたらしている。日本で唯一スプレッドが取れていたノンバンキングが制度的に叩き潰され、スプレッドは取っちゃいかん、という風潮も強まりつつあり、クレジット面でのまともなリターンを確保するのは、資金需要の低迷もあって絶望的だ。
 で、残されたリスクテークの方向が「金利リスク」であり、アウトライヤ―になっていくのは自然体でろう。生物は環境の変化に対応するもので、金融機関も変化に対応している、というわけだ。ただ、ちょっと達観し過ぎてアウトライヤ―で先鋭化した向きがロングエンドで時々、バンジージャンプするのはご愛敬であろうか。
 金融システムは、資金循環的には「単なる資金の通過点」に過ぎない。預金投入量が多ければ、通過した先のどこかに金ははまっていく。民間の資金需要が弱ければ、一方で旺盛な資金需要の公的部門に金がはまるのは当たり前である。
 マスコミは単純なので、銀行の国債保有増大→金利が上がったら大変だ→警告、警告、警告という報道になるが、バブル崩壊以降、銀行破たんはクレジットによるもの。過去、金利で死んだ銀行はあるのだろうか。私はよく知らない。財政破たんも、国(親)が死ぬのだから、その保証を受けた金融システム(子)の死を憂うのは順番が違うような気もする。
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by bank.of.japan | 2010-09-30 22:11 | 金融システム | Comments(1)
Commented by ss at 2010-10-04 22:55 x
地方金融機関等への必要以上の国債価格変動リスク注意喚起は視点が微視的な点において、格付け機関の対日本ソブリン格付(ボツワナか)と同じ香りがします。その昔、変国保有キャンペーンっていうのもありましたっけ。
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